京都の商売繁盛、えべっさん参拝。
京都ゑびす神社の特徴
京都の商売繁盛を願う神様、恵比寿神が祀られています⛩✨
鳥居を通ると特有の空気感が漂う静かな境内です
毎年1月に開催される十日戎が多くの参拝者で賑わいます
京都ゑびす神社は西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。ゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」をイメージされますが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来、京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったものです!笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となったそうです。こちらのゑびす神社には独特な参拝の仕方があります。まずは、本殿の正面からお参りして、次に左へ拝殿の横にまわって、横の板を軽く叩いてお参りをすると願いが叶うといわれています。えびす様は長寿で耳が遠いため、こうやって参拝を伝えるのだと、昔から言われています。
【参道の賑わいと「昼飲み」の誘惑。活気あふれるえべっさんで味わう至福の休日】京都ゑびす神社の祭事へと足を運ぶと、まず圧倒されるのが参道を埋め尽くす出店の数と、途切れることのない人の波です。商売繁盛を願う熱気が街中に満ちあふれ、その活気に押されるように歩を進める時間は、まさに「お祭り」の醍醐味そのもの。そんな賑わいの中で見つける、立ち上る湯気。誘われるままに、まだ明るい昼間から熱々のもつ煮を注文し、冷えたビールを一杯流し込む――。これこそが、大人の祭りの楽しみ方と言えるかもしれません。出汁の染みたもつを頬張りながら、周囲の喧騒をBGMに過ごすひとときは、日常の疲れを瞬時に吹き飛ばしてくれる「至福の時」でした。お参りを済ませ、福笹を手に笑顔で帰路につく人々。その活気のお裾分けをもらいながら、美味しい一杯に酔いしれる。伝統ある神社の厳かさと、屋台の気取らない楽しさが共存するこの空間は、心もお腹も満たしてくれる特別な場所でした。
ワンブロックを貫通するような感じで建っている? 感じの神社。名前的にあからさまに恵比寿様ゆかりなんだろう。私はおそらく一の鳥居と呼ばれる大きな鳥居の側から入ったが、反対側の入り口も中々いい感じの門であった。ちょっと面白いのが中にあった鳥居で、上に恵比寿様の顔が飾られているのだがその下の熊手が受け手のようになっていて、どうもお賽銭は下からここに投げ入れなさいということらしい。Fランの私は入る気がしなかったのでやっていないけれど、これは一部の人には刺さるだろうな。
京都ゑびす神社は、京都市東山区に位置する歴史ある神社で、商売繁盛や家内安全を祈願するために多くの参拝者が訪れます。特に「十日ゑびす」と呼ばれる1月10日前後の祭りは有名で、商売繁盛を願う人々で賑わいます。この祭りでは、福笹や福餅が授与され、福を呼び込むとされています。神社の創建は平安時代に遡り、長い歴史を持つことから、地域の人々にとって大切な存在です。境内は静かで落ち着いた雰囲気が漂い、訪れる人々に安らぎを与えます。観光客にも人気のスポットで、京都の伝統文化を感じることができる場所です。
十日えびすの前でしたが、準備のスタッフとお参りのひとで結構な人でした😅関西では年始の風物。開催前ですが、気持ち良くお参りさせてもらいました🙇
正月明けにある十日戎の頃にお詣りにいきました。ここは西宮や今宮と違い、5日間も戎講が行われるとのこと、比較的小さい境内なので混み具合を考えると宜なるかな、といったところでしょうか。予想通り参拝客で出店のある前の通りからずっと長蛇の列でしたが、大した混乱もなくみなさん上手いこと行儀よく並んで参拝されていました。
小さめの神社です。おこしバスツアー都七福めぐりで参拝しました。1月9日から1月12日はゑびすまつりの混雑わ避けるため、福笹は買えますが名所の鳥居のえびっさんは見れませんでした。
年末年始がずーっと仕事で、やっと週末の休みで毎年ご祈祷へ訪れている八阪神社へ行く前にたまたま十日戎期間だったので、初めて京都ゑびす神社へ参拝して来ました。財布に入っていた小銭を全て奉納して、しっかりお祈りしました!
西宮や大阪の今宮に比べると小さな境内。今日は撒き福だったので人はやや少な目でお参りしやすかった。祇園からすぐですあるのは今まで知らなかった。
| 名前 |
京都ゑびす神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-525-0005 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒605-0811 京都府京都市東山区小松町125 恵美須神社 |
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京都ゑびす神社(恵美寿神社)は建仁二年(西暦1202年)に明菴栄西が臨済宗の寺院として建仁寺を建立するにあたり、守り神として恵美寿神を祀ったのが起こりだという。もともとはこの辺りも建仁寺の境内だったようだが、いまは建仁寺の寺域が縮小したため西隣という形になっている。ちなみになぜ恵美寿神かというと、社伝によれば明菴栄西が南宋から帰国する際に暴風雨に遭ったところ恵美寿神が現れて助けられたという逸話に因むそうだ。参詣してみると近現代の高名な起業家の名で社や塚が奉納されており、商売繁盛の神として近現代にも尊崇を集めていることが窺える。また天満宮や白太夫社のような菅原道真に関する摂末社が多いのも特徴。由緒は禅寺の守り神ながら、現代では商売繁盛の神という変遷がとても面白い神社だった。