青不動明王の夜、幻想的な庭園。
青蓮院の特徴
平安時代から続く、皇室ゆかりの格式高い門跡寺院です。
800年の樹齢を誇る楠が圧倒的な存在感を持っています。
美しい庭園でのんびり過ごせる、静かな観光スポットです。
2026/7/19夜間ライトアップ 7時開始日が落ちるのを待って、7時半頃に訪問。事前予約列が長蛇の列。入場まで30分ほど待ちました。庭園のみを散策する形だと思っていましたが、靴を脱いで青蓮院内に入り中からお庭を見たのちに、庭園に回る順路でした。青い光の中に浮かぶ、蓮の花はとても綺麗でした。訪問者数制限をしておらず、ずっと行列の中を移動するため、静寂を味わうことはできなかったです。
7月の連休の夜、夏のライトアップイベント青蓮華の夏灯に参拝。夜7時オープンとのことで7時過ぎに着いたら長蛇の列。入場出来たのは7時45分頃、8時30分頃出ましたが、まだ長い行列でした。当日、日帰りの方は厳しいと思います。JRのEX旅先予約でチケットを買うと1500円が300円引きの1200円になるとの事で事前購入して行きましたが、当日券購入の人よりEX旅先予約の列が別になっていましたが、EX予約の方がはるかに長い行列でした。夜の景色を見られる貴重な体験ができますが、待ち時間が長い事もあり、特別な満足感はなかったです。
青不動明王!青不動明王に惹かれてお立ち寄り。お花の障子が美しいこと!その上には小野小町をはじめとした、十六歌仙の歌が。大きな松を描いた部屋、平安時代を彷彿とさせる部屋など見どころ満載。青不動明王はやはり、迫力がありました。ちなみに、私は比叡山が好きなので、比叡山の天台宗「一隅を照らす」という言葉が随所に飾ってあるのも嬉しかった!
襖絵が見事です篤姫の長持ち等も置かれてました小堀遠州作の庭も素敵ですね自由につくことができる除夜の鐘の音色が素晴らしい静かに望められる心安らぐお寺でした。
屏風絵、本堂の不動明王画像、広い宸殿、池、庭、少し小高い丘、最後に鐘楼の鐘を鳴らせる。初めて鐘を突いたのは感動!!こじんまりとしているのに、行くまでは分からなかったけど、なんとも盛り沢山でした。靴を履いて散策する庭は意外に広かった。空いてて良かった。
2025年11月30日 秋京都に滞在時は静かな『東山エリア』にすることが多いのですが、散歩がてらに初めて『天台宗 青蓮院』を参拝しました。🚃地下鉄『東山駅』2番出口を出て右→🚥三条神宮道を右→駅から👣5分で左側に見えます。ここは天台宗3門寺院(青蓮院・三千院・妙法院)の1つで古くより皇室と関わりの深い門跡寺院。江戸時代の天明の大火(1788年)で御所が焼失した際、後櫻町上皇が仮御所として滞在したそうです。山門から建物までの間の🍁もみじがちょうど真っ赤で綺麗でした。建物『華頂殿~小御所~しん殿』の周りを囲むように庭園があります。中から眺めるのも素敵ですが、参拝を終えてから庭園に出てぐるりと歩いて回れます。華頂殿は今昔融合の空間で、私の好きな蓮の襖絵。『木村英輝氏 寄贈』の襖絵が圧巻です。しん殿の御本尊に手を合わせて、京都で穏やかな時間を過ごせて美しい景色を眺められた秋のひとときでした。春秋と、夜間庭園のライトアップを行っているので、今度はその時に伺ってみたいです🌙
2025.11.175年ぶりのライトアップが開催されていました2025.11.7〜2025.12.7池泉回遊式庭園のモミジが色付き始めていて、綺麗でした宇宙をイメージさせるような青色のライトアップが綺麗でした国宝の青不動明王の御前立を拝む事もできました夜間拝観 1000円御朱印 有り(書置き) 300円。
青蓮院(しょうれんいん)は、阪急 京都河原町駅の北東1.6kmほどの京都市東山区粟田口三条坊町に伽藍を構える天台宗山門派の寺院です。梶井(現・三千院)、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院です(天台三門跡)。「門跡寺院」とは皇族や摂関家の子弟が入寺する寺院のことであり、青蓮院は多くの法親王・入道親王(皇族出身で親王の称号を与えられた僧侶)が門主(住職)を務め、格式を誇ってきました。日本三不動の1つ「青不動」のある寺としても知られます。比叡山上にあった房(坊)と呼ばれる小寺院がその起源となっていて、比叡山東塔の南谷(現・延暦寺第三駐車場)にあった最澄が建立した青蓮坊がその起源です。青蓮坊は慈覚大師円仁、安恵、相応などの著名な僧侶の住居となり、東塔の主流をなす坊でした。山下に移ったのは平安時代末期で、青蓮坊の第12代行玄大僧正の時で、移転先は現在地のやや北西にあたる三条白川の地です。久安6年(1150年)鳥羽上皇と皇后美福門院は行玄に帰依して青蓮坊を祈願所としました。鎌倉時代になると三条白川の地にあった当院は、白川の氾濫を避けて高台となっている現在地へと移りました。天明8年(1788年)天明の大火で内裏が焼失した折には、青蓮院が後桜町上皇の仮仙洞御所となったため、青蓮院旧仮御所として国の史跡に指定されています。『絹本著色不動明王ニ童子像(青不動:国宝)』は、平安時代後期の仏画で、平成26年(2014年)に飛地境内の将軍塚に大護摩堂「青龍殿」が完成しました。園城寺(三井寺)の「黄不動」、高野山明王院の「赤不動」とともに三不動といわれています。現在、青龍殿に祀られているものは複製品であり、国宝本体は青龍殿奥殿に安置されています。『熾盛光堂(しじょうこうどう:本堂)』は、境内の南側に西面して建つ方三間、宝形造の堂です。堂内の厨子には青蓮院の本尊である熾盛光如来の曼荼羅を安置しています。熾盛光如来とは仏頂尊の一尊で、天台宗最大の秘法といわれる熾盛光法(国家鎮護、皇室の安泰などを祈る修法)の本尊ですが、この如来を寺院の本尊とするのは珍しいです。本堂の東裏には国宝の青不動像の小さな複製が安置されています。『宸殿』は、小御所の西側に建つ入母屋造、桟瓦葺きの寺内で最も大きな建物です。もとの宸殿は後水尾天皇の中宮である東福門院の御所が朝廷より寄進され、移築されたものでしたが、明治26年(1893年)に焼失し、後に復興されました。「宸」は皇帝の意で、有縁の天皇と歴代門主の位牌を祀る堂です。障壁画の浜松図(襖12面、戸襖4面、壁3面の17面)が重要文化財に指定されています。『植髪堂』は、境内の北方に建てられています。親鸞が得度した際の髪が木造親鸞童形像に植えられているとされ、それを祀っています。地下は納骨堂になっています。宝暦9年(1759年)に建立され、明治13年(1880年)に現在地に移転されました。天台宗(てんだいしゅう)は、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつで、妙法蓮華経(法華経)を根本仏典とするため、天台法華宗とも呼ばれます。名称は、実質的開祖の智顗(ちぎ)が天台山に住んでいたということに由来します。入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、比叡山延暦寺を創建し、円仁(慈覚大師)・円珍(智証大師)等多くの僧侶を輩出しました。最澄はすべての衆生は成仏できるという法華一乗の立場を説き、奈良仏教と論争が起きましたが、最澄の没後に清和天皇により大乗戒壇の勅許が下りました。正暦4年(993年)円珍派と円仁派との対立が起きて、比叡山を降りて園城寺を拠点とした円珍派「寺門派」と比叡山に残った円仁派「山門派」に分裂しました。平安時代末期から鎌倉時代初めにかけては、法然や栄西、親鸞、道元、日蓮といった各宗派の開祖たちが比叡山で学んだことから、比叡山は「日本仏教の母山」と呼ばれています。天台宗山門派は、法華経の円教を中心とした円・密・禅・戒の四宗兼学を唱えますが、天台寺門宗はこれに修験道を加えて、円・密・禅・戒・修験の五法門となります。この法門をくぐり「顕・密・修験三道鼎立」を目指し、「上求菩提下化衆生」を行っていくという教義です。
2025.9「せいれんいん」ではなく「しょうれんいん」だそうです天台宗の開祖である最澄が比叡山に開いた僧坊「青蓮坊」が起源だそうで平安時代末期に、鳥羽天皇の皇子がこの青蓮坊に入寺したことで門跡寺院となり江戸時代の京都大火の際、後桜町上皇の仮の御所となったことから、「粟田御所」とも呼ばれています祇園や八坂神社からも徒歩圏内にあります平安神宮に繋がる道から少し中に入ってるからか京都屈指の観光エリアにありながら比較的落ち着いて観光できますそれでいて、素晴らしい庭など見所も沢山あるので良いですね。
| 名前 |
青蓮院 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-561-2345 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
〒605-0035 京都府京都市東山区粟田口三条坊町69−1 |
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JRが開発した観光スポットのようです。開館前にもう人が並んでました。リアルに古い建築物で、ムード満点です。LEDの花も少なく観覧できる庭のライトも暗くて足元がよく見えないのですが、元々の建物に迫力があって逆に昔に戻ったような感じでちょっと怖くて面白かったです。最期にフォトスペースがあります。