圧巻の二十八所大明神、願いが叶う神社。
彌美神社の特徴
新しく建て直された神社で、圧巻の大きな木々に囲まれています。
二十八所大明神として知られ、参拝することで神徳を授かるとされています。
神秘的な空気の中で、室毘古王の墓が近くにある歴史的な神社です。
彌美神社(みみじんじゃ)。福井県三方郡美浜町宮代。式内社(小)、旧県社。主祭神:室比古王(むろひこのみこ)建御雷神 天兒屋根命 布都主神 比咩大神 大山祇命資料によると、『若狭国志』によると、大宝二年、伊勢の内外宮を祀り、後に、二十六柱の神を配祀したため、二十八所大明神と呼ばれるという。社記には、「大宝二年(702)、日月両輪を祀り」とあるらしい。社殿には、月星の紋が付いていたのは、このためだろう。地元の伝承では、かつては西方500mの「逢の木」という場所にあり、旧跡地を示す石碑が立っているらしい。昔、彌美神社と呼ばれていた神社がいつしか廃れ、いつの時代にか、二十八所大明神として再興されたものだと考えられている。ちなみに、『式内社調査報告』織田神社の項によると、二十八所大明神とは以下の神々らしい。丹生大明神、伊勢大神宮、八幡大菩薩、加茂大明神、平野大明神、稲荷大明神、春日大明神、大原大明神、四大神、石上大明神、大和大明神、廣瀬大明神、龍田大明神、住吉大明神、梅宮大明神、吉田大明神、廣田大明神、祇園大明神、南無天神、氣比太神宮、熊野大権現、金峯大権現、白山大権現、熱田大明神、十禅師、上下大明神、日吉大権現。二十七社しか記されてないが、上下大明神を二社とするのだろうか。上下大明神とは諏訪だろうか。祭神・室比古王は、開化天皇の皇子・日子坐王が、沙本之大闇見戸賣を妻として生まれた子で、若狭之耳別之祖。というわけで、社名を彌美神社といい、耳明神とも呼ばれている。古事記に見える「若狭之耳別」一族が、耳川下流に開けた「彌美郷」に居住し、「彌美神社」を祭った。その後「彌美神社」は衰微し地主権現という小社になっていた。嘉禄年間に二十六柱の神々を合祀して再興して今の社地に移し、二十八所の神と称した。かつて弥美神社は東山の入ロに当たる小字・逢の木にあったとされる。そこには、今ではなくなってしまったが、一本の老松があり、祭礼になると西は倉見から東は山東に至るまでの人々が、先ずここに集ってから参詣したと言う。逢の木と称するのは、そのためであった。しかし民俗学の成果によれば、アイは饗であり、逢の木は饗の神(田の神)の祭場であったとも考えられる。とあります。参考として、「ミミ」の呼称とその意味の存する古称について、『福井県史(通史編1)』に、藤原京(649~710)跡出土木簡に「三方評耳五十戸」「三方評耳里」「美々里」と記したものがある。この「耳里」(耳五十戸・美々里)の里名は、平城宮(710-784)跡出土木簡に「若狭国三方郡耳郷中村里」や「三方郡弥美郷中村里」とかみえるように律令制下の郷里制においても郷名としてひきつづき認められていた。現在の美浜町耳川流域一帯に比定され、耳川東岸には式内社の弥美神社があり、北陸道の弥美駅も、この付近と考えられている。律令制下の郷名としては、ミミというのは若狭のものが全国唯一である。神代巻の神名に忍穂耳尊・手研耳・神八井耳尊。第2代綏靖天皇の諡号神渟名川耳尊。また、王族の坂田耳子郎・豊聰耳皇子などに用いられているが、上蜘蛛大耳や耳垂・和泉陶津耳・但馬の前津耳・但馬の大耳・莵狭の耳垂などにみられるように、「耳」は姓の制より古くから人名や地名に付し、その他の豪族への敬称であったとされた。即ち、これらの地は、元来「ミカタのミミ」が居たところで、遠敷郡に式内社の若狭比古神社の祭神「比古」に劣らぬ古称で、耳川や弥美神社の呼び名も、その他名から生じたものとみられる。若狭は、ヤマト朝廷の「御食国」として早くから聖塩を貢上しただけに、その首長と配下の民衆には特別の配慮をしたものと思われる。と述べている。
国道27号線走行時に彌美神社の看板があり偶然伺う。なお、この看板以外指示する物は一切なく、向かって左側で若狭自動車道付近に大きな鳥居が現れるのでそちらに向うこと。鳥居を抜けると集落内の細い道を進めば駐車場に辿り着けるでしょう。なんと言っても指示看板が無いので。さて到着すると駐車場から樹齢700年を超える御神木が圧倒的な大きさと暖かさで出迎えていただけます。参道と境内の間には明神系両部鳥居があり、ここからも御神木と新しく綺麗な拝殿、背後の御神体の様な山と夏空が絶妙なコントラストで自然美といった雰囲気です。拝殿や本殿は再建されたのでしょうね、拝殿の中は木の香りが残っていて落ち着いた雰囲気が良かったです。境内も明るく心地よいのですが天孫降臨の瓊瓊杵尊の宮殿の郷て石碑があり、どういう繋がりなのでしょうか。御祭神は欠史八代の第9代開化天皇との事で若狭国を統治発展させたとの事です。また二十八の大明神も祀られていて、ほぼ全ての神々が祀られています。
三方五湖からの帰り道に見つけて立ち寄った彌美(みみ)神社。調べたところ、美と健康、そして安産の神様として厚い信仰を集める古社とのこと。若狭の豊かな自然に抱かれた境内は、清らかで心落ち着く雰囲気が魅力。訪れると心が洗われるような静けさに包まれていました。特に女性からの信仰が篤く、安産祈願や子授けを願う絵馬が多く奉納されていて、近年は健康や美容を願って訪れる方も増えているようです。休日でしたが、朝早かったからか参拝客はおらず、1人でゆっくり参拝できました。駐車場が以外と奥にあるので、事前にマップなどで確認した方が良いかもです。
氣比神宮から若狭彦神社へ向かう道中に「彌美神社」の看板が目に飛び込んできました。最初はスルーしたのですが、なんか氣になって彼女に調べてもらったら、「すべての願いが叶うらしいで!」と。「ほんまかいな?」と思って調べると日本全国の神様勢揃い!こりゃ参拝に上がらにゃならんだろうってことで参拝に上がりました!若狭耳別祖神 二十八所大明神 彌美神社ーすべての願いが叶う社ー【御祭神】:室毘古王(むろびこのみこ)第九代開化天皇御孫、若狭耳別祖【二十八所大明神】:伊勢、北野、春日、丹生、平野、松尾、賀茂、稲荷、大原野、石上、大和、廣瀬、龍田、住吉、梅宮、吉田、廣田、祇園、氣比、熊野、金峯、白山、熱田、石清水、上下宮、十禅師、日吉、三輪の二十八所の神様【合祀】:天照大御神、豊受大御神、建御雷神、天兒屋根命、布都主神、比咩大神、大山祇命、応神天皇、倉稲魂命、菅原道真公。
近くまで車で来れます建て直して綺麗な神社です大きな木達に圧巻でした御竜印書き置きあり(午後6時まで)
二十八所大明神と呼ばれています 参拝すればすべての神社の御神徳を頂ける すべての願いが叶うとされています。
室毘古王(若狭耳別祖神) 二十八所大明神大宝ニ年創建社務所にて対応いただく、社殿が新しいが良い神社です、古い社殿も見たかったな〜
山奥にありますが、とても綺麗で風情のある神社です。敷地内には、大昔に雷に打たれたというご神木もあり、とても神々しい雰囲気でした。手前にある社務所にて御朱印も頂けます。
お参りして、しばし雨宿りさせてもらいました。神殿はピカピカの木の香りがしました。長い坂の参道にお猿さんがのんびり歩いていました。
| 名前 |
彌美神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0770-32-0254 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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福井県の神社で授与されている、神社ゆかりのモチーフと恐竜を組み合わせた特別な御朱印です。北陸新幹線の延伸に合わせて、「恐竜王国福井」をアピールするために企画され、各神社の歴史や伝承にちなんだ恐竜が描かれ、参拝の記念となります。御竜印(NO.29ケントムロビコサウルス )になります。福井県三方郡美浜町にある神社です。強運、方除け、厄除け、事業育成、五穀豊穣、縁結び、子宝、海上安全など、かつては二十八所大明神と呼ばれており、伊勢、春日、住吉など主要な二十八所の神様が合祀されているため、「すべての願いが叶う社」とされています。御神木: 樹齢700年以上の御神木があります。