大森銀山の極楽寺で心癒される。
極楽寺[浄土宗]の特徴
以前のご住職によるご祈祷が印象的な寺院です。
石見銀山への途中に位置しているためアクセス便利です。
歴史ある極楽寺での心安らぐひとときを楽しめます。
極楽寺(ごくらくじ)は、JR仁万駅の南東8.7kmほどの島根県大田市大森町の大森銀山伝統的重要建造物群保存地区に伽藍を構える浄土宗の寺院です。永禄3年(1560年)の創建です。昭和14年(1939年)の大火で全焼しました。宮殿にあった青貝づくりの豪華天井も焼けて幻の天井として語り草となっています。16畳の広さがあり、あじろぎ(竹で編んだ下地)に黒漆、青貝の「枝垂桜」、「枝垂れ柳」、「桐」、「鶴亀」、「菊花」などが散りばめられ、研ぎ出し仕上げになっていたそうです。同寺は火災の後に、安立寺に合併して今日に至っています。極楽寺のお地蔵さんは1体が高さ55cm、幅40cm、別な一体は高さ90cm、幅40cmあります。小さい方は表面が剥げ落ちていますが、大きい方は錫杖(しゃくじょう)の上がエルサレム形式の十字が刻まれ、左手の宝珠が三位(さんみ)一体を示して3つに割れ、衣のすそには十字の印が無数に刻んであります。これは隠れ切支丹(きりしたん)を表徴する遺物として残されています。このほかにも勝源寺に1体、大森郷土館に1体、大田市久利町の福昌寺にも一体の隠れ切支丹地蔵があります。浄土宗は、大乗仏教の宗派のひとつで、浄土信仰に基づく日本仏教の宗旨で、法然を宗祖とします。鎌倉仏教のひとつで、承安5年(1175年)に法然が43歳の時に開宗しました。法然は、長承2年(1133年)に美作国(現在の岡山県)に生まれ、幼少期に父を亡くしたのを機に、出家して比叡山にのぼって勉学に励みました。その後、比叡山を下りて東山吉水草庵に住み、念仏の教えを広めました。これが浄土宗の立教開示とされています。法然は善導が撰述した「観無量授寿教疏」にある文言により、ほかの行をせずにただひたすらに念仏を唱える専修念仏の道に進み、立教に至ったとされています。当時貴族だけのものであった仏教を大衆も含めた皆のものへという教えは、日本中へ広まるようになり、貴族だけでなく、一般民衆へも大きく広がっていきました。法然の死後は、弟子のひとりであった信空が後継となりましたが、法然の教義へのわずかな解釈の違いなどで、以後、分裂と統合を繰り返すことになります。他の宗教は、「信じている人の中に仏さまは存在する」「自分自身の心の在り方によって、この世は極楽浄土となる」というように、自分の心の在り方、行いから仏さまや浄土と向き合うような傾向の教えが多くあります。しかし浄土宗は、帰依する阿弥陀様は救済者であり、自分の心の外に存在するものとしています。どんな時も南無阿弥陀仏と唱えていれば、臨終した時に阿弥陀様自らお迎えに来てくれ、極楽浄土に往生できるとしており、生前縁のあった人とも亡くなった後に往生していれば、浄土で会うことができるとしています。他の宗教には無い、人が亡くなった後のことをはっきり説いている点が特徴です。現在、浄土宗は「鎮西派」と呼ばれている宗派が主流とされており、この「鎮西派」が中心となり、宗教法人浄土宗となっています。鎮西派は真南無阿弥陀仏と念仏を唱えるのも、善行を行うのも、どちらも同じく極楽浄土へ往生できる方法であるという『二類各生説』を説いてます。本尊は阿弥陀如来です。教義は、専修念仏を中心とし、浄土専念宗とも呼ばれます。京都市東山区にある知恩院が総本山です。
無量山極楽寺。廃墟に近い感じです。
階段の奥にある造りが素敵な神社。木造りの感じや彫刻にひかれて10分位みとれてました。周りは凄い静かで、神秘的な空間に感じました。
以前ご住職がおられた頃にはよくご祈祷をしていただきました。よく当たると評判でしたよ。現在は無人のお寺になっていますので境内には猪が出没しています。階段から音を立てて上がれば猪が逃げていくのでそこまで危険はないと思いますが、参拝される方は鉢合わせてかなり急な石階段から落ちることがないように充分気をつけてください。本堂の横には、岩山を削って作った石窟がありそこに仏様が数体祀られています。歴史のあるお寺ですので石見銀山にお越しの際にお参りされてみるのはいかがでしょうか。
石見銀山に行く途中にあります。角にあるのですぐにわかります。横にたくさんの仏様が棚にお祀りされていました。
| 名前 |
極楽寺[浄土宗] |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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永禄3年に創立された浄土宗のお寺。由緒の深い寺は昭和14年の大火で全焼しました。宮殿にあった青貝づくりの豪華天井も焼けて幻の天井として語り草となっています。16畳の広さがあり、あじろぎ(竹で編んだ下地)に黒漆、青貝の「枝垂桜」、「枝垂れ柳」、「桐」、「鶴亀」、「菊花」などが散りばめられ、研ぎ出し仕上げになっていたそうです。同寺は火災の後安立寺に合併して今日に至っています。現在無住の極楽寺には小鉄瓦が使用され赤瓦といぶし瓦が残っています。