壇ノ浦で感じる平家の怨念。
赤間神宮 平家塚(平家一門の墓)の特徴
壇ノ浦の合戦で敗れた平家一門の武将をお祀りしている墓所です。
社務所の裏側にひっそり存在する平家のお墓で歴史を感じます。
耳なし芳一像の近くに位置し、静かな雰囲気が魅力的です。
12世紀末、源平合戦の最後の戦い、ここ下関の海で行われた壇ノ浦の戦いで滅びた伊勢平氏一門を供養する墓所。赤間神宮の境内、少し奥まったところにある。壇ノ浦で命を落した人の墓なので、ほかの場所で亡くなった人の墓はないようだ。同じくこの戦いで命を落とした安徳天皇を神として祀る赤間神宮の賑やかさとは対照的に、ここは死者の安住の地ともいえる墓所だけに静かでひっそりとしている。参詣の際に是非訪ねて供養するとよいと思うが、目立たないので見落としに注意。案内の標示はあるので標示に注意を払っていれば訪ねるのは容易。
安徳天皇の墓の奥、森の手前の薄暗いところに平家一門の墓があります。ただし、平宗盛(清盛の三男)だけは他の平家一門のように入水できず捕まったので、ここには祀られていません。
赤間神宮にご参拝の方々は、こちらにも皆さま手を合わせに来て下さっていました。とても嬉しく感じました。ひっそりと一角にある平家塚ですが、大切にお祀りされています。本来ならば、壇ノ浦の戦いでは、この方々が勝たなければならなかった‥義経の八艘飛び(はっそうとび)なんて後世に讃えられていますが、勝てば何をしても良いなどと、戦いのルールを無視したイカサマた人間を讃えた人々が恐ろしい‥ここに眠る方々は、真の戦いをされ、邪の軍勢により無念な思いをされた方です。
赤間神社境内にあり、隣接して芳一堂があります。この塚は、壇ノ浦の戦いで滅びた、平家一門の供養塚と歴史的価値が高く、江戸時代初頭から続く板碑が並んでいます。
戦いというものは、どんな時も敗者がいて悲惨な目にあうものだけれど、壇ノ浦の戦いほど戦場に女子どもまで巻き込んだ戦いはなかったのではないでしょうか。ただただ安らかにお眠りください。
赤間神宮の左手側奥の森の中にひっそりと祀られています。赤間神宮が元々お寺だった時代の名残りを感じます。平家一門の歴史を感じます。隣には、耳無し芳一堂もあります。
平家のお墓、歴史を感じる。赤間神宮宝物殿の後ろにあるので少し分かりにくい。
耳なし芳一像の前に平家のお墓の像がありました。壇ノ浦の合戦で亡くなった兵士の霊をせめて慰めるために作られたものと思います。
滅亡した平家の怨念なのか?なんとも異様な雰囲気を感じる場所です早々に退散しました あ~クワバラクワバラ・・・
| 名前 |
赤間神宮 平家塚(平家一門の墓) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
083-231-4138 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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心霊スポットということもあり、少し薄暗い感じはありました。以下引用させて頂きました。赤間神宮の平家塚(七盛塚)は、壇ノ浦の戦いで滅んだ平家一門の供養塔で、安徳天皇を祀る赤間神宮境内にあります。7基ずつ2列に並んだ自然石の墓で、海難事故が多発したため、平家一門の怨霊鎮魂のために集められ供養されたもので、「七盛塚」とも呼ばれ、耳なし芳一堂の奥に位置しています。住所〒750-0003山口県下関市阿弥陀寺町4−1