油山観音登山道で歴史を感じる。
烈士自刃の碑の特徴
油山観音の登山道からアクセスできる便利な場所です。
戦後自決した海軍士官の慰霊を感じる史跡です。
地元の歴史を学べる貴重なスポットとして魅力的です。
市民の森入口から歩いて20分ぐらいの所にあります。油山観音の登山道を入って、道なり。綺麗に管理されています。慰霊碑のサイズには圧倒されました。
地元出身でもない海軍士官の2人が戦後自決した事に対する慰霊碑。山の中のかなり広いスペースにたてられた慰霊碑は巨大でどうやってここまで運んだのかが気になるレベル。
狂った時代だった事実を後世に伝える碑。
油山観音の登山道から行けます。
| 名前 |
烈士自刃の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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昭和二十年八月十五日、大東亜戦争終結の詔勅下りるや、九州軍需管理部に所属する海軍技師中佐長島秀男と海軍小隊寺尾博之は、八月二十日未明、この地にて皇居を遥かに拝し、古式にのっとり割腹自決しました。長島中佐は玉郡秩父郡横村出身で、東京文理科大学を卒業後、昭和十二年に海軍に入隊し、技術部門、特に空の研究において卓越した功績を残しました。三十九歳の若さで、遺書には「昨二上神一人ノ神とラジアン本りほくナラス一億団民7戦苦たこたてセ候事す二中ン無え所季死ラ以下御記ビ申スペ卡次第I」と記されていました。寺尾少尉は京都市出身で、高知高等学校を経て東京帝国大学農学部に進学するも、在学中に我が国の思想・精神を歪める風潮に強く反発し、全国の学生と共に改革運動に身を投じました。昭和十八年十二月に海軍に入隊し、昭和二十五年一月に造船所で日々研鑽を積み、帝国軍艦の建造に貢献しました。烈士の純真さと誠実さは、今もなお我々の心に生き続けています。有志一同は、その志を神聖なる祖国日本の永遠の繁栄に捧げ、ここに碑を建立しました。長島中佐、寺尾少尉のご冥福を心よりお祈り申し上げます。