原爆犠牲者を偲ぶ韓国人慰霊碑。
韓国人原爆犠牲者慰霊碑の特徴
亀の背に乗る碑柱と双竜が印象的な慰霊碑です。
韓国人原爆犠牲者の記憶を重んじる貴重な場所です。
平和公園内に位置し、深い歴史を学ぶことができます。
「死者の霊は亀の背に乗って昇天する」という故事にならって、亀を形どった台座の上に碑柱が建ち、その上に双竜を刻んだ冠が載せられています。碑は、朝鮮王家の一族李殿下が原爆被災後にその姿を発見された場所に近いという”ゆかり”から本川橋西詰めに建立されました。その後平和記念公園内への移設について各方面 から強い要望が出され、広島市と関係者との協議により、平成11年(1999年)7月公園内に移設されました。
太平洋戦争終結時頃、日本に連れてこられ軍属、徴用工、動員学徒、一般市民等で広島に10万余人の韓国の人達がおられました。その中の2万余人の尊い生命が原子爆弾によって奪われました。その魂を慰霊する為の慰霊碑が平和記念公園にあります。かつて国を奪われ、日本に連れてこられ戦争の犠牲になられたたいへん多くの人達がおられたことを決して忘れず、このような過ちを繰り返すことがないよう願って手を合わせ祈りました。
ボランティアガイドさんの案内で知った慰霊碑。かつては川向う岸にあったものが、韓国人の若者の訴えにより移設されたらしい。ゆえに年代を感じさせる墓石と真新しい大理石により構成されている。在日韓国人の方々がしっかりと清掃されているらしく綺麗だ。そういえば、戦前戦中ともに広島には多くの留学生がいたらしいから、きっともっと外国人犠牲者はいるのかもしれない。その人たちは今どこの墓標にいるのだろうか。
以前は、この韓国人被爆者の慰霊碑自体、対岸の本川筋の袂付近にあったそうですが、やはり、差別は、いけないと考えもありまして、同じ平和祈念公園周辺に移転されております。
20世紀初頭、日本の植民地で国が滅び太平洋戦争から終結までに、国民の十人に一人は斡旋募集と言う名目で日本そしてここからシベリアへと兵隊や労働力として強制連行されて来ました今の在日コリアンはその産物です死しても川をはさんで向こう岸のたもとに慰霊碑を建てるしかならなかった今は公園内で沢山の人たちが参っていますが遠い昔に友好親善の隣国であったように互いの民族を認めあい暮らしていける事をいつも願っています。
原爆の被害者の中でも、当時日本には韓国の方も多くおり、その方達のための慰霊碑となっています。ここに来た時は、ちょうど小学生達が集合して黙とうをしている所でした。
平和公園の中にあって唯一日本が管理していない場所。原爆被害にあったのは、日本人だけではないんですね。もしかして、強制労働を強いられていた(推測ですが)かもしれない韓国人もたくさん亡くなっておられます。しっかり手を合わせたいと感じる場所です。
原爆で亡くなった方のうち、一割にあたる二万余人もの韓国人の方が亡くなった。その事を世に伝える碑です。亀の首にたくさんの折り鶴が今日も巻かれていました。
爆発した3万人の韓国人を記念して(原文)紀念當初三萬名被爆的韓國人。
| 名前 |
韓国人原爆犠牲者慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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現在の韓国人だけなのかな?当時は朝鮮だったから現在の北朝鮮出身の人は入っているのだろうか?ハングル文字の碑文は読めません。