阿弥陀三尊像と信仰の歴史。
妙高堂(関山善光寺)の特徴
妙高堂には阿弥陀三尊像が祀られており、文化財としての価値がある。
江戸時代まで妙高山頂に祀られていた歴史が感じられるスポットです。
極楽西方浄土として信仰される妙高山とのつながりを楽しめます。
妙高堂の阿弥陀三尊像 (以下案内板より)かって妙高山の山頂には阿弥陀堂があり、木曽義仲が納したという伝承をもつ阿弥陀三尊像が安置されていました。そのため、江戸時代の人々は妙高山を阿弥陀如来が住むとされる西方浄土と考え、篤く仰していました。しかし、明治元年(1868)にはじまる神仏分離政策によって妙高山を仏の山とする考えが否定されたため、この三尊像は山頂から退去することになり、関山神社の脇に新たに建立された妙高堂に安置されることになりました。妙高山の本尊とされた阿弥陀三尊像は印を結んで立つ阿弥陀如来像を中心に、その左右に両手を胸の前で重ねて立つ観音菩薩像と勢至菩薩像を配置した善光寺式の三尊像です。左尊:観音菩薩像(室町時代以降)妙高市指定文化財中尊:阿弥陀如来像(鎌倉畤代後期)新潟県指定文化財右尊:勢至菩薩像(室町畤代以降)妙高市指定文化財※どれも逗子に収められているので、普段は拝観できません。この善光寺式と呼ばれる形式の仏像は善光寺(長野市)の本尊の姿を起源とし、鎌倉町代以降に全国各地で盛んに造られました。妙高山を雪座とする当地においても、安時代の終わり頃から阿弥陀如来を特に重視する善光寺仰が広まり、山そのものを極楽海士とする考えが定着しました。妙高市教育委員会。
関山神社に来て、こちらも周りました。
妙高かるた「あ」阿弥陀三尊の おられる 妙高堂解説阿弥陀三尊像(阿弥陀如来像:新潟県指定文化財)阿弥陀三尊像は、江戸時代まで妙高山頂の阿弥陀堂に祀られており、妙高山は阿弥陀如来が治める「極楽西方浄土」として信仰されていた。この三尊は善光寺の本尊を模した「善光寺式三尊像」であり、現在は妙高堂に安置され、毎年7月1日の山開きに燕温泉で御開帳される。
阿弥陀三尊像神仏分離。
関山神社に参拝なら、こちらも必ず行かれることをオススメします。実際に妙高山を登山する方も遥拝される方もここに参拝に来られています。木曽義仲伝来の阿弥陀三尊像やかつて妙高山にあった石仏などがあります。妙高山に登れなくても、頂上まで登って参拝するのも同じ御利益はあります。
| 名前 |
妙高堂(関山善光寺) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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妙高堂は江戸時代まで妙高山山頂に安置されていた阿弥陀三尊(善光寺式三尊像)を本尊として安置する仏堂であり、神仏分離政策のために下山を余儀なくされた仏像の受け入れ施設として、明治2年(1869年)に関山神社の境内の一角に建立されたと伝わる。神仏習合 今はなかなかないですよね。何か不思議な感じ👍️