秋季例大祭の獅子舞、神秘の三沢諏訪神社。
諏訪神社の特徴
雨乞いのために勧請された貴重なお社です。
毎年10月7日には秋季例大祭が行われます。
獅子舞保存会による奉納が魅力の神社です。
雨乞の為に勧請したお社だそうです。秩父に諏訪社が多いのは雨乞の為なのか、?元々は諏訪平という場所に勧請したそうなので、調べてみようと思います^ ^
毎年10月7日の秋季例大祭に皆野椋神社 獅子舞保存会により埼玉県指定無形民俗文化財に指定されている獅子舞が奉納される。
| 名前 |
諏訪神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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三沢諏訪神社(みさわすわじんじゃ)主祭神 健御名方神 八坂刀賣神配祀神 菊理媛命由緒下三沢諏訪神社は武蔵国秩父郡三沢郷下三沢の鎮守で、信濃国一之宮諏訪大社より勧請し奉ったものです。御祭神の健御名方神は大国主神と沼河比売命の御子神で事代主神の御弟神です。八坂刀売神は健御名方神の御妃神です。当神社の創始は鎌倉時代に遡ります。後堀河天皇の元仁元年(1224)当地方が大旱魃に見舞われた時、信濃国の人、覚桑法印が当地に諏訪の神を祀り、雨を祈ると忽ち大雨沛然と降り注ぎました。里人は歓喜し、諏訪の平に社を建て二柱大神を鎮斎し、後にこの地に移し奉ったと伝わっています。爾来祀り来て、国土開発、農耕生産、風雨水の龍神信仰、開運招福、近くは交通安全の守護神として霊験極めてあらたかにその御加護を蒙りつつ今日に至ります。三沢の地名が記録上に現れるのは、正平七年(1352)のことで、同年二月十六日の足利尊氏袖判下分(安保文書)に「武蔵国秩父郡三沢郷」とあります。また、同地内の小根からは文保年紀(1317~1318)の板碑が発見され、茗荷沢には室町期の竜ヶ谷城址があります。「武蔵風土記稿」には「諏訪社 下郷の鎮守なり 村民持 例祭七月廿七日 小社四十一ヶ所」とあります。覚桑法印については、地内長福寺の項に「開山覚桑寂年を伝へず」とあります。口碑に「江戸期に当社は諏訪平から今の社地芳ノ入に移った。理由や詳しい年月は不明」とあります。当神社は明治四十五年(1912)に、中郷の村社瑞穂神社に一度合祀されましたが、昭和二十二年(1947)に瑞穂神社から分祀を行い、名実ともに旧に復しました。また、当地には江戸期より獅子舞が伝えられていて、寛延三年(1750)にはすでに、三沢の獅子舞は「雨乞いざさら」の名で通っていたといいます。現在でも、秋の例大祭には三沢諏訪神社獅子舞団による獅子舞が奉納されています。(「境内由緒碑」及び「境内案内板」参照)