椋の木の祈り、地域に寄り添う神社。
椋本神社の特徴
車を停めやすいので、リラックスしてお参りできます。
天然記念物の樹齢1000年以上の椋の木が近くにあります。
参集殿があり、地域に溶け込んだ雰囲気があります。
椋本神社(むくもとじんじゃ)御祭神は天穂日之命御配神は天児屋根命、建速須佐之男命合祀された祭神は應神天皇、木花咲耶姫命、中筒男命、迦具土神、大山祇命、宇迦御魂神社記によれば建永元寅年(1206)牛頭天王(建速須佐之男命)を勧請して鎮守神とし、弘安元寅年(1278)に社を造営、元亀元年(1570)諸社をも合祀して椋本大明神と称え奉ったとある。明治6年には椋本神社と改称され同40年椋本地内鎮座の14社を更に当神社に合祀して椋本の総氏神となった。祇園祭7月第3日曜日には、各地区からみこし10基が繰り出して地区内を練り歩き法被・鉢巻姿の氏子でにぎわいを見せる。当社には獅子頭一口があるが、樹齢二千数百年といわれる霊樹大椋の折枝を用いて時の神職が彫製して明治7年に奉納したもので丑、辰、未、戊の年には獅子舞連中(保存会)が豊饒安穏を祈願しての舞神楽を奉納している。境外に28坪の敷地をもっておりこれが大椋の敷地となっている。ご神木の大杉は、樹齢1500年以上、幹回り8m、高さ18mの巨樹。地名の由来にもなり、国の天然記念物に指定され、『新日本名木百選』にも選ばれています。椋本地区の人々は親しみをこめて『西の宮』と呼んでいるそうです。
むくもとじんじゃ。地名『椋本』の由来といわれる樹齢千五百年以上の御神木『椋本の大ムク』を所有する神社。祭神は天穂日之命、天児屋根命、建速須佐之男命他六柱。建永元年(1206年)祇園神である牛頭天王(スサノオと同神)を勧請したのが始まりでその後周辺の神社との合祀を重ねて椋本神社となりました。今でも祇園祭が行われ住民が神輿を担ぎ町内を練り歩きます。境内には大ムクの遺伝子を受け継いだ苗木が植えられていました。あと五百年もすれば次世代の御神木として神社を守っている事でしょう。
地域の方に大切にされているのか、非常に手入れが行き届いている神社。駐車スペースもあり、境内も広い。
厄除け祈願をお願いしました。個人で受付をしてもらい、日程や時間帯についても臨機応変に対応していただきました。神社はとても落ち着いた雰囲気でした。
昔から地元の方に大切にされているのだなあと伝わってくる神社でした。椋の木がどの木かだけ分からなかったです。
集落の中にありますが車も停められるのでゆっくりお参りできました。カラスの声が賑やかでした。
参集殿?が新しくなっていました。トイレも新しくなっていましたが、今時珍しく和式のみでした。
神社の近くに天然記念物樹齢1000年以上の椋の木があります。
集落の中にあります。獅子舞が伝わっています。
| 名前 |
椋本神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
059-265-2138 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~17:00 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63307 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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横山池南に鎮座。境内、建造物等綺麗に維持・管理されている由緒あるお社です。境内には、神宮遥拝所、宮城遥拝所、橿原神宮遥拝所、御神木、忠魂碑、参拝者用トイレ、駐車場等があります。※資料を引用しご紹介します。【椋本神社(むくもとじんじゃ)】主祭神:《主》天穂日命=あめのほひのみこと《配》天児屋根命、建速須佐之男命《合》応神天皇、木花開耶姫命、中筒之男命、迦具土神、大山祇命、宇迦之御魂神。当神社は、天穂日命外八柱を奉斎する社で、社記によれば建永元寅年(1206)牛頭天王を勧請して鎮守神とし、弘安元寅年(1278)に社を造営、元亀元年(1570)諸社をも合祀して椋本大明神と称え奉つちとある。明治6年には椋本神社と改称され同40年椋本地内鎮座の14社をさらに当神社に合祀して椋本の総氏神となった。祇園祭7月第3日曜日には、各地区から神輿10基が繰り出して地区内を練り歩き法被を鉢巻き姿の氏子で賑わいを見せる。当社には獅子頭一口があるが、樹齢二千数百年といわれる霊樹大椋の折枝を用いて時の神職が彫製して明治7年に奉納したもので丑、辰、未、戊の年には獅子舞連中(保存会)が豊饒安穏を祈願しての舞神楽を奉納している。境外に28坪の敷地を持っておりこれが大ムクの敷地となっている。と、なっています。