歴史と美しさ溢れる日蓮宗寺院。
日蓮宗 法流山本國寺の特徴
駐車場が広く、車でのアクセスが便利です。
明治時代の県庁が置かれた歴史ある場所です。
境内は綺麗に整備され、威厳のある本堂が印象的です。
散歩中立寄り。大きいですね。トイレ見当たらず。
駐車場も広く車で来てもOK日蓮宗寺院で、境内も綺麗にしており眺めも良き。
境内はキチンと掃除されていましたし、駐車場も広いですね。
明治時代、宮谷県庁がおかれた場所だそうです。黒木の山門が立派でした。パッと見たところ堂内にもすごい彫刻があるようでした。
811年 空海により真言宗寺院として創建。1471年 日肝により日蓮宗に改宗、本国寺と改める。1622年 日純が、2代将軍:徳川秀忠より許可を受け学問所を開設。土地の名より「宮谷檀林」と称される。1869年 新政府により宮谷県庁が設置された際に、庁舎として使用される。1871年 廃藩置県まで県庁として存続。「雨乞祖師」と称される木造日蓮聖人坐像が、土気城主:酒井氏を大檀那とし、仏師:葛岡甚五郎により制作される。今は、「宮谷県庁跡」の石碑、山門・本堂のみが際立って目立つが、背後の山林含め、かつての学問寺の雰囲気を漂わせる。
施餓鬼で訪れましたが、立派なお寺でした。駐車場も広いです。
日蓮宗寺院。本山でもなく、由緒寺院でもないのですが、大きなお寺です。門前が駐車場に整備されているのですが、そこに県庁跡地の石碑が立っています。どうやら明時期の廃藩置県当時、ここに県庁が置かれていたそうです。なので、寺院もその名残を残しているのだとか。まず、目に飛び込んでくるのが黒門です。非常に重厚間のある黒い門に、金色の文字の遍額が映えて、当時の様子が浮かんでくるようです。本堂もまた大きく、威厳さえ感じてしまいます。木像の日蓮聖人座像があるようですが、拝観は叶いませんでした。
江戸初期には宮谷檀林(仏教寺院における僧侶の養成機関、仏教宗派の学問所)が置かれていた他、明治初期には「宮谷県(みやざくけん)」の県庁が置かれるなど、歴史のある寺です。この本國寺は、日蓮宗の寺院ですが、弘仁2年(811年)に真言宗の寺として開山しました。文明3年(1471年)に上総七里法華により、日蓮宗に改宗し、現在の寺名に改められたとのことです。上総七里法華とは、戦国時代初期の上総国土気城主、酒井定隆が行ったとされる宗教政策です。あるとき、当時下総国中野城にいた酒井定隆が、京都出身の妙満寺派(現在の顕本法華宗)の僧日泰の船に同船していましたが、突如、海が荒れはじめました。そのとき日泰が読経により海を鎮めたことから、定隆は日泰に帰依しました。その後、定隆は土気城主となると、領内に法華宗への改宗令を出したと伝えられています。
令和2年6月11日お参り駐車場:広くてきれい明治維新時、廃藩置県で宮谷県庁(みやざくけんちょう)が置かれた場所です。重々しさがあります。すぐ隣りに宮谷八幡神社があります。ちょっと風情ある長い石段があります。眺めも素晴らしいです。こちらにもお詣りすることをお勧めします。
| 名前 |
日蓮宗 法流山本國寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0475-72-3532 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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