久次岳の神社へ、鳥居をくぐる。
咋岡神社の特徴
立派な境内は久次岳の信仰を残しています。
丹後国丹波郡に由来する神社の歴史があります。
駐車場がなく、アクセスが少しわかりにくいです。
立派な神社でしたが境内が・・・?
鳥居と石段を上ると本殿があります。境内は広くはないですが立派な神社です。
延喜式神名帳の丹後国丹波郡・咋岡神社に比定される神社旧村社駐車場なし府道17号線から脇道へ入り、線路越したすぐの左へ入る道へ行きますその突き当りが神社へ通じる道ですが、ほぼ個人宅へ行く感じでした。
このお社は昔、久次岳の山頂にあったとも。となると、比沼麻奈為神社さまとの関連が気になる。御祭神も豊受大神。「咋」は「食い」か?国道から少し入り込んだ場所にあり、車では入りにくい。小川を渡った場所に鳥居があり、階段をわずかに登ると、小さなお社。向かって左側の奥に、古い狛犬が苔むして残っているのが印象的。
| 名前 |
咋岡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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咋岡神社(くいおかじんじゃ)。京都府京丹後市峰山町赤坂。式内社(小)、旧村社。主祭神:保食神資料によると、京丹後市峰山町の北部郊外、丘陵農村地帯の「赤坂」に鎮座する社。当社はかつて豊宇賀能売命が降臨したという「比治山」の二つの候補地の一、「久次岳」(かつては「咋石嶽」)の山頂に鎮座する社であったとされます。咋石嶽は、真名井嶽ともいい、宇気持神(保食神)の天降地で山頂に2間四方の岩を神として祀っていたと言われている。応仁期に吉原(現在の峯山)城主一色義遠の家臣飯田越前が、久次の咋石嶽から勸請して、吉原城鎭護の神として大手口の馬場前に祭り、一色氏についで丹後を領有した細川氏も産土神として祭つた。京極氏の入國により社と付近の家が、元和8年(1622)10月赤坂村に移されたが、領主、藩士の氏神として信奉されたと記されてゐる。「式内社調査報告」とあります。