伊勢神宮の鳥居、由緒ある神社。
城南神社の特徴
倭姫命が立ち寄り休息した特別な神社です。
伊勢神宮から下賜された立派な神明鳥居が存在します。
由緒ある歴史が感じられる小さな境内です。
伊勢神宮と深い関係?2024年2月中旬、桑名宿探訪の際に参拝しました。御由緒には———————————————————-城南神社御祭神 天照大御神配祀 豊受比賣命外五柱御由緒当神社は垂仁天皇の御代皇女倭姫命天照大御神の御杖代として御神慮のまにまに大和の国より日出づる伊勢の国に御巡幸ありし時御停座の旧地と伝承されております。桑名の神戸でもあり伊勢の神宮との御縁故殊の外深い御社であります古来神宮式年遷宮ごとに皇大神宮一ノ鳥居及び古殿舎の一部を拝戴改築の古例になっております。例祭 十月十七日—————————————————————とあり境内は大変綺麗にされており良かったです。
サプライズが!花手水をこちらで見ることができました!ステキな演出をありがとうございます。実家の氏神様です。またご挨拶に伺います。
倭姫命が立ち寄り休息されたという言い伝えあり、内宮第一鳥居が下賜されている。
皇女倭姫命様が天照大御神様をおまつりする土地を探して旅をしていた際に休息されたと伝えられる城南神社。その為神宮式年御遷宮ごとに皇大神宮一ノ鳥居、古殿舎の一部が下賜されているとのこと。2023.08.11.参拝にまいりました。御朱印は社務所のお隣にあるご自宅にいらっしゃった宮司さんにお願いしました✨️とても親切な方でした。丁寧な手書きの御朱印を賜りました🙏🏻鳥居がとても見事でした✨️境内は広くて、風通しが良くて気持ち良い神社でした。手水にはお花が浮かべてあり、可愛かったです\(^o^)/2024.03.19.久しぶりに参拝できました🙏🏻
御祭神は天照大御神。第十一代垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が天照大御神を祀るべき宮地を求めて、 南勢へ巡幸されたとき暫時御停座の御旧地と伝承され、古来、神宮式年遷宮ごとに、 一ノ鳥居、古殿舎の一部が改築の慣例になっているとのこと。
伊勢神宮から下賜された鳥居が存在します。宮司様ご夫妻がとても親切な方でした。
立派な木造の神明鳥居が建ってました。お伊勢さんの一の鳥居が下賜されたようで、その各の高さに恐れ入ります。伊勢の式年遷宮後にたまわったと伺いました。
ポケモンGOだけかな?
格式のある神社です 神主さんも優しい人でした。
| 名前 |
城南神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0594-23-2638 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjashi-kensaku/jsearch3jinjashi.php?jinjya=2869 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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城南神社(じょうなん じんじゃ)御祭神は天照大御神配神は豊受比賣命合祀された祭神は保食神、少彦名神、天目一箇命、大山津見命、火産霊神参道の入口は東海道に面し、目の前の鳥居は伊勢の神宮「皇大神宮(内宮)」から遷宮毎に御下賜された由緒ある神社です。当社は元神明宮にて、第十一代垂仁天皇の御杖代として皇女倭姫命が天照大御神を祀るべき宮地を求めて、 御神慮のまにまに南勢へ御行幸されたとき暫時御停座の御旧地と伝承されています。それ故に神宮式年遷宮ごとに、 皇大神宮一ノ鳥居、古殿舎の一部が御下賜になり改築の慣例になってます。明治41年、旧城南村各大字の神社を合祀されて城南総鎮守となりました。当社に合祀の延喜式内長倉神社の相殿には少彦名命を奉斎し、古老の言い伝えにも薬の祖神としてあがめられ、病気平癒の祈願が行なわれたと伝えられております。昭和27年4月8日、神宮の北白川祭主様には北勢地方をお巡りの際、当神社に御参拝になり玉串を奉られました。昭和30年、各大字の神社は旧社地に分祀になり、 昭和50年には城南干拓の立田町に城南干拓神社が御鎮座になりました。当神社御鎮座の地は、古くは宇治の鼻と呼ばれておりましたが、 壬申の乱のときの天武天皇のお言葉から安永の地名が起きたと伝えられております。当社近くには、幣棚、神勺などの地名が残り、 古くからの祭祀の姿が偲ばれます。