美しい武甲山と共に、心安らぐ法長寺。
法長寺の特徴
秩父三十四観音霊場の第7番札所で、心安らぐ名所です。
本堂は平賀源内の設計に基づき、個性的な造りです。
駐車場が広く、車での参拝も安心して行えます。
法長寺は秩父札所観音霊場三十四ケ所の第七番の曹洞宗で本尊は十一面観音菩薩です。元は横瀬町の根古屋地区の牛伏にあったので牛伏堂と呼ばれていましたが焼失してしまい、現在の長法寺に観音様を安置して現在があるようです。
眺望良いですね企画ハイキングで行くと、次は六番になりますが、道しるべをよく見ないと八番に行きがち!道しるべ添付しました。
お寺の由緒書を見ると、こちらの本堂は秩父札所の中で最も大きく、平賀源内の設計といわれていると書かれていました。平賀源内といえば、江戸の発明家というイメージが強く、本当にこんな山奥のお寺の設計をしたの?と思いました。そういえば、昨年の大河ドラマ「べらぼう」で源内がよく山奥へ行くシーンがありました。実は、源内は鉱山技師が本当の姿で、中津川(秩父大滝)にも長期滞在していたそうです。とすると本堂の設計という話も現実味を帯びてきますね。また、由緒書には牛伏堂の由来についても書かれていました。先日、北野天満宮へ行ってきたばかりだったので、法長寺の境内に伏牛が置かれているのを見て、菅原道真と関係があるのかと勘違いしてしまいました。必ずしも伏牛=道真ではないのですね。秩父は、かつては牛馬が生活の中心で、地域の生活信仰の延長として、また豊穣祈願や土地の守護として寺院に置かれることがあったのでしょうね。法長寺の境内は広々としていて、豊川稲荷の向こうに見える武甲山は、素晴らしい眺めでした。下記は納経所に置かれていた牛伏堂の由来と由緒書の内容です。●秩父札所七番 法長寺牛伏堂の由来法長寺は牛伏堂の通称で親しまれ、本堂脇には伏した牛の石像がある。その縁起には時代の異なる二つの話が伝えられている。ひとつは一三〇〇年前、行基が行脚したときのこと。この地に差し掛かると、背にした自作の十一面観世音像がにわかに重さを増し、行基はやむなく像をそこに残して道を急いだという。のちに、土地の牧童が草を刈っていると、一頭の牛が現われその場に伏して動かなくなった。牧童は牛と一夜を明かしたが、朝になると草の中に十一面観世音像が輝いていた。これを安置し、村人が供養した草庵が牛伏堂の起こりという。もう一話は平安時代。平将門との戦に敗れた武者が、この地へ落ちて死んだ。それを訪ねてきた妻の夢枕に夫が立ち、「村のある家の牛に生まれ変わっている」と供養を訴えた。その妻が出家して結んだ庵が牛伏堂というもの。秩父札所中最も大きい本堂は平賀源内の設計といわれている。本堂正面の欄間には謡曲『海女』で知られる「珠取り図」の絵柄が彫刻され、極彩色に彩られている。これは四国札所第八十六番、讃岐国志 「度寺に伝わる藤原不比等と海女にまつわる縁起物語である。源内は志度の人だが、秩父の鉱物資源開発に関わっていたという。本尊は四国の志度寺と同じ十一面観世音。天明二 (1782)年に観音堂が焼けて以来、本堂に安置されてきた。●町指定文化財 昭和48年1月31日指定秩父観音霊場札所七番法長寺(牛伏堂)本尊 十一面観世音菩薩御詠歌六道を兼ねて巡りて拝むべし 又後の世を聞くも牛伏牛伏堂(観音堂)は、もともと根古屋(牛伏)にあったが、天明2(1782)に牛伏堂が焼失して以来、法長寺本堂に観音像が安置されている。この本堂は、平賀源内の原図によって建てられたと伝えられ、間口十三間、奥行十間の入母屋造りの札所随一の大伽藍である。堂内の正面には四国札所八十六番志度寺の縁起が彫刻され、左右には座敷書院を配し、内陣のまわりには極彩色の彫刻欄間、格天井には花鳥が画かれている。横瀬町教育委員会。
訪問日:令和8年5月4日(データ)宗派:曹洞宗御本尊:十一面観音①住職:在住②管理人:法長寺③駐車場:あり④トイレ:あり⑤堂内写真撮影:不可⑥御朱印:あり(500円)⑦ご開帳:霊場としては12年毎(午年)。⑧札所:秩父札所三十四⑦⑨その他:(コメント)・境内明るくきれいにされていて、気持ちよく参拝できました・高台にあり、武甲山が良く見えます。・御朱印気持ち良く対応していただけました。
とても落ち着いた雰囲気が漂っています。本堂が平賀源内の原図によるそうです。広々とした境内に上がる階段の脇には交通安全観世音菩薩が、境内からは武甲山がどーんとそびえて、その武甲山を背景にする位置に南無観世音菩薩がおはします。
秩父三十四観音霊場の7番札所。武甲山と街並みの組み合わせの眺望は最高です。駐車場は境内に隣接してありました。遅い時間になってしまいましたが、御朱印を浄書頂きました。ありがとうございました。
七番目の札所巡りのお寺さん。とはいうものの、六番目の卜雲寺よりも先に訪れるほうが道順としては正解です。注意しましょう。
秩父三十四観音霊場七番札所。牛伏堂といわれるのは諸説あるが一説には牛が伏して動かなくなり、去った後から十一面観音像があらわれたことに由来するともいわれている。由来には諸説あるが中でも注目すべきものとして、平将門にまつわる伝承は後に鎌倉幕府という武士政権のもとに結集した東国武士の心のあり様を伝えるものといえる。花園左エ門という人の家来が平将門と戦って敗れこの地で亡くなった。やがて天慶の乱が終り世の中がおだやかになったので、その人の妻がこの地を訪れると夢に夫があらわれ、「将門と戦ったため、いま村のある家の牛の子に生まれて苦しんでいる」 と告げた。妻はただちに尼となって観音さまに仕えたところ、その功徳によって夫の苦しみがなくなったというものである。またあるとき牧童が草刈りをしていると牛が現れ坐って動かないので調べてみると、草の中に観音像を発見しお堂に祀ったともいわれている。当寺の本堂は秩父札所最大の規模で、平賀源内の原図を元に設計されたといわれている。
秩父霊場第7番法長寺この近辺は武甲山を背中に巡礼する場所が多いです(ほとんどですね☺️)でも、晴れていても雲がかかって見えないときもあるそうで、今日は恥ずかしがらずにバッチリ顔見せてくれてます🏔
| 名前 |
法長寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0494-22-1921 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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