歴史の息吹を感じる、笹川家の広大なお屋敷。
笹川邸の特徴
重要文化財である笹川邸は、江戸時代の豪商屋敷の雰囲気が感じられます。
規模が非常に広大で、まるで迷路のような造りが見応えを提供しています。
昔の生活感が残る部屋や造りが多く、ゆっくりと歴史を楽しく学べます。
入館料は曽我・平澤記念館を含め500円。平日の訪問でしたが、貸切状態でした。村上藩の大庄屋の邸宅で、豪農伊藤邸とはまた趣が少し違うと感じました。
新潟の豪農のお屋敷を垣間見れる場所です。歴史好きにはもってこいですが、鯉も沢山いますし、目の保養にも良いですね。周辺の観光の一環でルートに入れることをおススメしますよ🌟
たとえて言うなら、藩の上級武士(家老とか)の屋敷を思わせるような規模で、見ごたえがある。せっかくの観光資源なのだから、もっと見せ方の工夫が必要。・それぞれの部屋に説明用パネルを設置。特色ある仕様(釘隠し、欄間、襖など)の説明や、どのような用途で使用された部屋なのか、など、詳しく示してほしい。・笹川邸の関連書籍の販売(図録など)・笹川の一族が地域で果たしてきた役割についての説明・笹川の歴代当主のエピソード(このような出来事があった)・ボランティアガイドさんの常駐。
■重要文化財の笹川邸を見学して来ました。越後の大庄屋、お屋敷もさることながら、米倉の土蔵が建ち並んでいてビックリ。今回の目的の敷地内にある「蘇我平澤記念館」も見学しました。平澤興先生は私の尊敬する人。世界の脳神経解剖学の草分け的存在です。■平澤興先生は、京都大学第16代総長。人間味あふれる方で、「幼児は無限なる可能性を秘めている」と、幼児期の大切さをいつもおっしゃっていました。また、ご自分の研究では「1つわかると、10わからないことが出てくる。結局のところ、わからないことがわかった!」と……。私は、この言葉が大好きです。■笹川邸へ来たら、是非一度蘇我平澤記念館も見学して下さい。建物も見る価値があります。
大庄屋さま、さすがに広い。広さに圧倒されます。当時の建物がこの状態で保存されているのも凄い。じっくり見るなら1.5-2時間は見ておいた方がいいです。蚊が多いので虫除けは必須。ムヒも持って行った方がいいですよ!笹川邸のトイレは古いので、後半の記念館の方を使うのがオススメ。
2022.11「和のヒカリ」を観て、昼の邸もと思い、紅葉🍁の頃に再訪。平日の午後で、貸切状態。ライトアップ時には観る事が出来なかった土蔵群、その裏手にある庭等も観る事が出来て、改めて大庄屋感ありの邸でした。2022.10「和のヒカリ」(ライトアップ、プロジェクションマッピング)で、訪れてみました。琴演奏、味方中学校生徒さんの作品等もあり。ライトアップは好きなのですが、プロジェクションマッピングは、、、。いずれにしても、このようなイベントが行われ、文化財の維持費等に役立つのであれば、良い事だと思います。追記需要は少ないでしょうが、昔の暮らしの灯り、月明かりのみイベントはどうでしょうか?
昔の様子がよく学べました。紅葉もきれいでした。
江戸時代の大庄屋笹川家だが現在は重要文化財として新潟市が所有管理している。一般公開は9:00〜17:00 観覧料大人500円、月曜日休館、コスプレ等の撮影会に利用されたりイベント等が開催されている。
初めて来訪しましたがとても広大な住居でした。大庄屋である笹川邸は地元の警察の役割もやっていたようで、お抱えの人などとても多くの人が往来していたことが感じられました。歴史的な面白さよりかは、少し過去の時代に電気やガスなどが無く不便だった時代にどのように生活していたんだろうな、と思いを馳せるような居住区です。蔵などの農具歴史展示以外に、傘や着物のアート展示もありました。
| 名前 |
笹川邸 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
025-372-3006 |
| 営業時間 |
[木金土日火水] 9:00~17:00 |
| HP |
https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/rekishi/bunkazai/shokai/sasagawatei.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
笹川家は、安土桃山時代に信州から当地に移住したと伝わり、14代にわたり300年以上続いた名家です。江戸時代には、村上藩の支配下にあった味方組8か村(味方、白根、板井、木場、黒鳥、北場、亀貝、小新。合計約8000石)を統括する大庄屋を代々務めました。大庄屋は、年貢収納の取りまとめや藩からの命令伝達はもちろん、藩から与えられた警察・裁判権をも行使していました。笹川家は、河川改修や用排水路の開削にも尽力し、水害の多かったこの地域での新田開発に貢献してきました。周囲に堀をめぐらした広大な敷地の中には、天正年間(1573~1591)に建てられたと伝わる茅葺きの表門(巽風門)、文政2(1819)年6月の火災後に再建された主屋、六棟の蔵、明治期に建てられた井戸小屋、外便所などがあります。主屋は村松の小黒杢右衛門が棟梁となり、居室部は文政4(1821)年、表座敷及び台所は同9(1826)年に上棟したことが棟札から分かります。県下を代表する豪農の館であるこの住宅は、昭和29(1954)年に重要文化財の指定を受け、同45(1970)年から一般公開されています。重要文化財に指定された物件の一覧旧笹川家住宅 11棟表座敷及び台所 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)主屋のうち、大庄屋の役宅・迎賓の場として使用されていた部分です。文政9年に上棟したことが棟札から分かります。構造及び形式桁行34.3メートル、梁間17.6メートル、寄棟造、東面式台、東西南北庇付、西面南端便所附属、銅板葺附指定棟札 5枚昭和29年3月20日指定上棟文政九年丙戌七月十二日壬辰吉祥の記があるもの 1文政九丙戌年七月大吉日の記及び棟梁その他人名の記があるもの 2平成3年5月31日指定文政九丙戌年七月吉日の記があるもの 1棟牘文政九丙戌年七月吉辰の記があるもの 1居室部 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)主屋のうち、笹川家の居住空間として使用されていた部分です。文政4年に上棟したことが棟札から分かります。また西側の二階建部分は、大正元(1912)年に増築されたものです。構造及び形式桁行26.5メートル、梁間13.0メートル、寄棟造、東西南各面庇付、南面突出部及び北面炊事場附属、銅板葺、表座敷及び台所間取合を含む寝室中門 桁行14.6メートル、梁間7.4メートル、二階建、南面入母屋造、北面切妻造、東南各面庇付、銅板及び桟瓦葺、東面仏間附属附指定棟札 3枚平成3年5月31日指定上棟文政四辛巳九月十日吉祥及び棟梁その他人名の記があるもの(棟札の記がある箱入) 2文政四巳年九月十四日棟上の記があるもの 1表門 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)茅葺きの長屋門です。北側には番屋があります。構造及び形式長屋門、桁行6.7メートル、梁間3.4メートル、切妻造、茅葺附指定塀 2棟昭和29年3月20日指定南方屋根塀、長7.3メートル、桟瓦葺 北方屋根塀、長11.5メートル、桟瓦葺文庫 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)江戸後期に建てられた土蔵です。文書等が収納されていました。構造及び形式土蔵造、桁行7.0メートル、梁間3.8メートル、二階建、切妻造、桟瓦葺雑蔵 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)江戸後期に建てられた土蔵です。構造及び形式桁行14.5メートル、梁間5.5メートル、切妻造、桟瓦葺奥土蔵 1棟 (指定年月日 昭和29年3月20日)主屋の奥にある土蔵です。寝具等の保管に使用されていました。構造及び形式土蔵造、桁行10.1メートル、梁間5.4メートル、二階建、切妻造、桟瓦葺、北及び東面庇附属、居室部間渡廊下を含む米蔵 1棟 (指定年月日 昭和53年5月31日)慶応3年に建てられた土蔵です。藩に納めるための年貢米を保管していました。構造及び形式土蔵造、桁行21.8メートル、梁間6.4メートル、切妻造、桟瓦葺、南面庇附属附指定棟札 1枚平成3年5月31日指定建立慶応三丁卯歳八月十四日の記がある飯米蔵 1棟 (指定年月日 昭和53年5月31日)江戸末期に建てられた土蔵です。笹川家で食用とするための米が収納されていました。構造及び形式土蔵造、桁行6.4メートル、梁間4.5メートル、切妻造、桟瓦葺、南面庇附属三戸前口土蔵 1棟 (指定年月日 昭和53年5月31日)文政3年に建てられた土蔵です。入口が三つあり、内部は東倉・中倉・西倉に分かれています。家財等の収納に使用されていました。構造及び形式土蔵造、桁行19.6メートル、梁間6.2メートル、二階建、切妻造段違、桟瓦葺、北面庇附属、奥土蔵間渡廊下を含む附指定棟札 1枚平成3年5月31日指定文政三年庚辰正月穀旦の記がある井戸小屋 1棟 (指定年月日 昭和53年5月31日)明治期に建てられたものです。構造及び形式桁行4.1メートル、梁間2.7メートル、切妻造、桟瓦葺外便所 1棟 (指定年月日 昭和53年5月31日)明治期に建てられたものです。構造及び形式桁行17.5メートル、梁間1.9メートル、片流れ、桟瓦葺(土地指定)指定年月日 昭和53年5月31日宅地及び墳墓地、14252.24平方メートル地番 新潟市味方216番1、同4、同5周囲の堀・土塁・板塀・裏門・庭塀を含む。