境内で感じる祭囃子と歴史。
敏太神社(津市戸木町)の特徴
参道の長い奥行きと立派な本殿が魅力的です。
境内で行うどんど焼きが毎年の楽しみです。
後方の丘には蒲生氏郷の歴史的土塁があります。
敏太神社(としたじんじゃ)御祭神は彦火火出見命、豊玉姫命式内社 延喜式神名帖伊勢國一志郡十三座の一つ江戸時代は「風早大明神」と称していた。あじさいの名所で知られる式内社、通称「戸木神社」。伝承によると奈良時代の創建といわれ、紀貫之(きのつらゆき)が古今和歌集の勅撰のとき(905年)参拝したとも伝えられている。戦国時代には木造氏の守護神として、江戸時代には久居藩藤堂氏の祈願所として崇敬を集めた。境内の石碑には「寛文11年(1672)久居藩初代藩主藤堂髙道は火事で焼けた本殿を再建し、元禄12年(1699)第二代藩主藤堂高堅は縁起一巻を献納し、久居藤堂家代々の祈願所とした。」と刻まれている。
231001近くを散策していたら祭囃子が聞こえたので行ってみるとかんこ踊りという舞踏を間近で楽しめました。
かんこ踊り、子どもたちが太鼓を叩きながら踊る、地域の人たちしかいない祭りと聞いて出かけてみたら、海外からの見物客を含め境内に入りきれないほどの人出、市長まで。しかも踊っているのはおじさん?伝統芸能、地域の祭りを残していってほしいですね。
参道の長い奥行きのある立派な神社です。
神社後方の丘は宮山城🏯戸木城攻めの際の蒲生氏郷の陣城‼️土塁や堀が良く残る‼️
結構広い神社です。参道も結構な長さです。拝殿の左から奥に進んでいくと稲荷明神、右には山神様。カラスが多くちょっと薄暗く木が倒れて鳥居も朽ち果ているなんかいい雰囲気の神社っす!
広い神社です。国道165号沿いに鳥居が見えます。国道を挟んで、忠魂碑もあります。
7日は境内でどんど焼き、しめ縄飾り等を焼き魂まり無病息災を祈ります。
通称、戸木神社(へきじんじゃ)。拝殿横から裏山に続く参道は、稲荷社の祀られた宮山城址の主郭まで続いています。稲荷社付近を注意深く見ると、土塁や空堀など山城の構造物が遺されていて、よくある神社とはまた違った風情を楽しむことができます。通常は拝殿に向かって左側から参道にはいり、山を登って拝殿の右側から出てくるのだと思われますが、昨年の台風の影響なのか倒木が多く、令和元年5月現在、稲荷社からは元来た道を引き返してきたほうが無難でしょう。かなり大きな木も倒れていて、稲荷社までの整備にも大きな労力を要したと思われます。有り難いことです。ちなみに、拝殿右側には山神様が祀られています。
| 名前 |
敏太神社(津市戸木町) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ちょうど旧大和街道が下ってきた場所、今は国道165号線に面した交通の要衝にある神社です。戦乱の続いた安土桃山時代まで、この場所には木造氏という一族が宮山城を造っていましたが、天正12年(1584)に蒲生氏郷が攻め落とし、その後今の敏太神社になったそうです。整地されたのか高低差はありませんが長い参道が印象的です。