歴史と富士信仰の聖地、浅間神社。
仙波浅間神社の特徴
浅間神社の周辺には古墳や富士塚があり、豊かな歴史を感じられます。
社殿の背後には火口を表す窪地があり、独特な風景が広がっています。
境内には大黒や弁天などの末社が並び、参拝者を魅了しています。
元旦にお社の中を拝見できてラッキーでした!天井に百人一首の歌人が!!
主に富士山を信仰の対象とし、全国に点在する浅間神社。こちら川越市富士見町にある浅間神社の特徴は、昭和47(1972)年に川越市指定の史跡にもなっている浅間神社古墳の上に建っている神社であると言う点が挙げられます。古墳の規模は高さ5メートル、周囲長42メートルの円墳で、7世紀代の古墳と推定されています。そして見た目にも急傾斜な参道(石畳の階段)の頂上に、浅間神社は建立されています。古墳関連で所感を述べると、川越市内では的場古墳群、南大塚古墳群、下小坂古墳群に次いで残っている仙波古墳群の中の一つが浅間神社古墳とのことです。歴史的保存価値と、平地の神社では味わえない佇まいが印象に残りました。浅間神社古墳を富士山に見立てており、頂上(浅間神社裏手)には噴火口まであるのです。実は偶然にも7月13日に初見で訪れたのですが、「初山祭」が行われていました。赤ちゃんの健康を願うべく、参拝の列に並ぶご夫婦の姿が多くありました。出店もあって賑やかな様子をしばし楽しみました。投稿写真は別日に改めて参拝したときに撮影したものです。
毎年7月13日には初山祭りが行われます。百万灯祭りや川越祭りのような観光化されたお祭りよりも風情があり、おすすめです。
富士山好きなので、浅間神社があるのでお参りしました。噴火口を造っているのはとても珍しいと思います。古墳上に富士塚を作るパターンはよくありますね。何か高い物の上に作ると作りやすいからでしょう。地元では7月13日にとても賑わうそうです。
浅間神社の歴史と信仰当神社は康平年間(1058~1065)、源頼義が奥州征伐の途次に分霊したことに始まり、長禄元年(1457)に太田道灌が再営し、永禄9年(1566)に北条氏の臣・中山角四良左衛門が再興したという。文政11年(1828)、川越南町の山田屋久兵衛が近郷富士講中並びに有志老若男女の助力を受け、拝殿一棟の再建と一丈余の岩室の上に更に一丈有余を新築したと棟札に記されている。岩室前の石猿に天保4年(1833)の銘があることや、石碑類の多くが天保年間に造営されていることから、文政から天保年間に現在の姿が整えられたと考えられる。(この岩室は、大正12年の関東大震災により崩壊し間もなく再建したとの柵石がある。)拝殿の天井は、中央部が折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっており、江野楳雪(1812~1873)による百人一首歌仙像の絵がくみこまれている。神社の祭神には木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祀られている。江戸中期、関東一円に浅間信仰が起こり、富士浅間神社を分霊した当神社には、近郷の多くの村々が講を作り、寄進したことが石碑や柵石に刻まれている。毎年7月13日の初山には、子育ての神が転じて子宝に恵まれる神としても信じられ、新婚夫婦・幼児を抱いたお母さん方など毎年1万人にも及ぶ参拝客が訪れている。参拝客は、暑さに向かう夏の健康を願いあんころ餅を、夏の難病と厄病を追払い毎日を健やかに過ごすようにと団扇を買い求め、お仲人や近親者に配る習わしになっている。平成22年1月吉日浅間神社総代一同。
大きな道路沿いにある鬱蒼とした古墳の上に建てられた浅間神社(富士塚)。土地の富士見とはこの神社のことを指しているのでしょうか?歩いていると講の印である「山に吉」マークが色々な奉納物や祠に刻まれているのが目に入ります。頂上の浅間神社の後ろには富士山の噴火口を模した孔があり、更には大黒や弁天、疱瘡神などを祀る石祠も並んでいます。そして頂上には廿三夜塔もあるのですが、石塔には富士山のマークも刻印されており、富士講の中で廿三夜待も行っていたことが分かり興味深いです。
ドライブ中にあれっ?何ここ?となってちょっと立ち寄ってびっくりナニコレです神社があるのは何と古墳の上です富士山に見立てられたその名前も浅間神社神社の裏に富士の火口を再現してます一番の驚き(笑)みなさんもお近くにお越しの際はぜひ立ち寄ってみてください。
ドライブ中にあれっ?何ここ?となってちょっと立ち寄ってびっくりナニコレです神社があるのは何と古墳の上です富士山に見立てられたその名前も浅間神社神社の裏に富士の火口を再現してます一番の驚き(笑)みなさんもお近くにお越しの際はぜひ立ち寄ってみてください。
この神社、面白すぎる。富士塚巡りをしていますが、古墳転用は他にひとつ(文京区本駒込の富士神社)しか見ていないレアケースです。この社は富士塚という案内はありませんが、富士塚と言って差し支えありません。本堂の裏に噴火口の再現がありました。風穴胎内巡りの再現ですら少ないのに、噴火口の再現は初めて見ました。本堂は無くボク石を積み上げて山にしていました。普通なら社建てるところを山って、奈良の大神神社のような神体山崇拝?けど、人口で作ているので何がなんだか。噴火口の注意案内板もイカシテいたので写真あげます。
| 名前 |
仙波浅間神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
「川越」駅から南東方向に徒歩10分ほど、国道16号(川越バイパス)から少し入った場所に御坐す歴史ある浅間神社です。こちらでは毎年7月13日に固定で「初山祭(11:00〜21:00)」が開催されており、訪問したこの日も多くの人で賑わっていました。1年以内に生まれた赤ちゃんの無病息災を願って、おでこに朱印を押す「宮参り(通称:ぺったん)」が有名で、たくさんのファミリーが参拝されていました。神社の周辺には、現存する3基の古墳があり、その1つが「浅間神社古墳(母塚)」の上に鎮座している。ココは源頼義が奥州征伐の途次に創建したと伝えられているそうです。現在、古墳の上に神社が建てられているため、今でも埋葬施設の本格的な調査は行われていないままだという非常にロマン溢れる背景を持っています。その後、太田道灌による再営などを経て、富士山を神格化した「木花咲耶姫命」を祀る神社として、古くから火難除けや安産、子育ての篤い信仰を集めています。5mほどの小高い古墳の丘を登ると、上部は平坦に削られており拝殿が佇んでいます。拝殿の後ろには富士塚の形が見えるだけでなく、裏側に回ると「噴火口」まで精巧に再現されており、考古学的にも見どころが多い境内です。普段は静かな神社ですが、この日は「初山祭」当日だったため、拝殿にてこの日限定での御朱印(書き置き・500円)を拝受することができました。地域の伝統行事の温かみと、古代の歴史を同時に肌で感じられる素晴らしい聖地です。