歴史感じる石垣散策。
感状山城跡の特徴
標高301mの感状山城跡は、ミステリアスな雰囲気を醸し出しています。
大手門にたどり着くまでの道中は、岩や石がゴロゴロした急坂が楽しめます。
歴史を感じる物見岩や崩れ石垣が、写真撮影に最適なポイントです。
国史跡、赤松氏氏の一連の一角。壮観だねぇ。なんとなく、岡山 鬼ノ城を思い出す。龍野城跡を後にし、羅漢の里を目指し、車走らせる。紅葉祭り前たったので、その時期は、すごく混むのだろうなぁ。付近では、準備の案山子作りに忙しそう。Y字路 創造センター前、駐車場に車停め、トイレ済まし、登城口目指す。登城口看板地図確認し、九十九折階段延々と登る。階段終わり、城跡らしくなってきた、物見岩まであと少し。なんだけど、、、大手口方面の矢印あり、まず、目指す。えっ、これが大手?道ある?確かに、井戸もあり、石積、礎石もあるが。本筋に戻るのに、木掴み、崖をよじ登って。帯曲輪からの眺めは、爽快。曲輪Ⅰまで、曲輪群を縦走し、本郭内に。とうとうたどり着いたぁ。ここからの眺望もなかなか、広い郭内と、石垣もあり、山城の醍醐味感じる。帰路は、搦手方向へ、反時計回りに、出曲輪、倉庫跡の広大な曲輪群眺め、物見岩に。監視台らしく、見晴らしも良く、秋風がとても気持ちいい。標識が色々朽ちてはいるが。これで、一周。ほんとに、観て、来れて良かったぁ。
麓には市立のキャンプ場兼案内所があり、通行禁止箇所の確認やトイレなどの準備がしやすい環境です。登城ルートもよく整備されており、全体をさっと見て周るだけであれば、所要時間はおよそ1時間程度でした。ただし、いくつかの案内表示は剥がれており、麓の立て看板には書いていなかった通行禁止ルートもありました。そのため、登城前に麓の売店などでルート状況を確認しておくことをおすすめします。山城としての遺構はよく残っており、曲輪の形状ははっきりと確認できました。また、一部の場所では石垣も見ることができました。公式アプリを使えば、当時の城郭の様子と現在の風景を比較することができ、とても面白かったです。
2024.06.13相生駅からバスで瓜生東下車(運賃460円)し、羅漢の里へ歩いて行きました。羅漢の里から登山道があります。途中まではひたすら階段を登って行きます。まあまあしんどいですけど頑張って登ります^^;。途中で大手門への分かれ道があって、そちらへ進んだのですが、井戸までは行けたのですが、大手門はよくわかりませんでした(´>∀<`)ゝまあなんだかんだで40分くらいで頂上まで着きました。頂上は広いし見晴らしはいいけど山しか見えなくて、途中の曲輪の方が街並が見えるので、そこでお昼ご飯食べました🍚平日ならバスは30分に一本出てますから行きやすいですよ。羅漢の里への途中にある神社に赤穂浪士の絵があるんで寄ってみてくださいねヾ(´꒳`)
ミステリアスな城・・・というイメージです。物凄い作業量でつくられた城のようにも思えますが、現地の雰囲気は「城」というよりも「寺」っぽい・・・。「寺院城郭」って言われるタイプの雰囲気ですかね・・・。歴史に謎が多いのがまた不思議。落城時の伝説等、言い伝えはいろいろあるそうですが、どれも決定打に欠けるというか、そうやろうなぁとは素直に思えない。現地で「謎解き」に挑戦してみてください。登城はとても快適にできました。途中の整備も良好です。
かんじょうさん城。別名瓜生城、下原山城。足利尊氏が西国に落ちた後、新田義貞が白幡城の出城である感状山城を攻めたが赤松則祐が籠城して良く戦ったので尊氏は感状を与えたので感状山城と呼ぶようになったとのこと。1577年羽柴秀吉により落城。(日本城郭体系12より抜粋)羅漢渓谷の無料駐車場から登り口の説明板マップに従い周回しました。物見岩から曲輪、石垣、井戸、大手門、搦手門、眺望など見どころ満載。南曲輪、帯曲輪石垣良かったです。登り口から感状山301m曲輪Ⅰまで約60分、周回して約120分でした。
同じ赤松系の白旗城、置塩城とセットで赤松氏城跡として国の史跡に指定されています。この三城の中では最も登るのが楽な城です。あくまでも他の二城と比較してなので、単体で見ると感状山城も長い階段、広い城域となかなか歩きごたえのある城。感状山城は標高301mの感状山の山頂及び尾根上に曲輪を配置した連郭式の山城である。比高は220m。車は羅漢の里の駐車場を利用することができるため便利。城内では多くの石垣遺構を確認することができる。高石垣とまではいかず、また崩れている石垣も多いが、赤松三城では最も石垣が目立つ。他に虎口や大手門跡、搦手門跡、井戸跡などが残るが、一周周回できる見学コースからは門や井戸は離れているので注意が必要である。感状山城の詳しい歴史はわかっていない。鎌倉時代に瓜生左衛門尉によって築かれたとも南北朝時代に赤松則祐によって築かれたとも言われる。感状山の由来はこの赤松則祐が播磨に侵攻してきた南朝の新田義貞の大軍を防いだことで足利尊氏に感状をもらったことからきている。最後もよくわかっていないが、石垣遺構は赤松氏によるものではなく戦国時代後期に侵攻してきた宇喜多氏によるものではないかとも言われている。
標高301m、駐車場から比高約208m国史跡🎌で縄張図付のガイドマップが登り口に建ってる🪧ひたすら登ると物見岩🪨ドーン眺めの一番良いところ(^^ゞ大手門♪は崩れ石🪨で廃城感タップリ井戸跡♪もモチロン石🪨ゴロゴロ段郭群♪もモチロン石垣♬🪨だらけ主郭周辺に礎石 ッポイ石🪨ゴロリ下りる途中にも埋もれ石垣♪🪨崩れ石垣や埋もれ石垣 好き♡には 時間を忘れて楽しめる城跡💃
北方謙三先生の「悪党の裔」を読んでミーハーにも登ってみましたが登山口等とことどころ坂がキツくパンチがきいてます。動きやすい服装と靴をお勧めします。赤松円心・則祐親子が新田義貞軍を足止めしたとされる城ですが、城にたどり着くまでにヘトヘトになり一網打尽にされてしまいそうでした。途中道がわかりにくいところがありますがちょくちょく赤い紐が木にくくってありそちらの方向が人道ルートの様でした。しっかり見ようと思うと地元のガイドの方と一緒の方がよいように思います。曲輪の石垣が見事なのでぜひご覧ください。
思ってたより景色エエです🎵階段地獄は覚悟して欲しいですが感状山自体は300㍍程です。第一曲輪広い❗
| 名前 |
感状山城跡 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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周辺のオススメ
最初は階段がしんどいけど、そこを越えると山城の広い曲輪を楽しく散策できます。看板も親切でハイキングにぴったりです。眺望ポイントもいくつかあります。ところどころ落ち葉が深くて滑りやすい場所もあるので、重心を低くしてゆっくりおりました。