街中でひっそり、菅原道真公のお社。
福島天満宮の特徴
菅原道真公を祀る神社で、学問成就を願う場所です。
都会の喧騒を忘れられる静寂で落ち着いた境内があります。
創建は西暦907年、独自の歴史を持つ素晴らしい建物です。
街の喧騒の中ひっそりと佇む神社参道の空気が凛としていて境内は驚くほど静か手水や社殿がきれいに整えられていて気持ちが整う感じ。
大阪市福島区に鎮座する福島天満宮は、菅原道真公を主祭神とする天満宮で、「上の天神」とも呼ばれます。京都から太宰府へ向かう道真公一行を、この地の徳次郎がもてなした際、道真が自らの姿を布に描いて与えた像が御神体とされ、その訃報を聞いた里人が小祠を建てたのが創祀と伝わります。菅公ゆかりの地を巡る「菅公聖蹟二十五拝」の第十二番札所でもあり、現在はJR東西線・新福島駅やJR環状線・福島駅から徒歩数分という都心立地ながら、境内は緑に包まれた落ち着いた雰囲気。学業成就・合格祈願のほか、7月の天神祭には地車や獅子舞などが繰り出し、地域の氏神として親しまれているそうです。JR福島駅からふらりと歩いているときに巡り合った神社です。社務所で御朱印のお願いをすると、一旦断られましたが、通りがかりの地元の方(?)がさらっと書いてくださいました。これもご縁でしょうか。感謝です。
JR新福島駅 (地下) 近くの、なにわ筋沿いにある小ぢんまりした神社。現在の御社殿など、昭和41年のなにわ筋拡幅により、御社殿の移築を余儀なくされている。当然境内も狭くなった。旧・浄正橋筋側の120坪を失ったのである。福島には三つ天満宮が存在した。俗に、上の天神・中の天神・下の天神と呼ばれた。当神社は、上の天神にあたる。当神社である天満宮上之社は空襲では無事であった。焼夷弾11発が全て不発であった。それに対して、中の天神は社殿が大阪大空襲で焼失した。天満宮中之社を合祀して、福島天満宮と名を改めた。そして今に至っている。中の天神跡地(堂島大橋北詰・大阪病院正門の南側)は、当社の行宮として飛地境内地となっている。大火というと、明治42年7月31日の「北区の大火」で炎上した。ご神体のみ無事であったが、社史・宝物は焼失した。秋の大祭を控えていたので、仮殿を建設して急場をしのいだ。大正時代に本建築を行うことが出来た。阪神淡路大震災では、境内の燈籠は全て崩壊し、建物も柱梁などゆるみが出たり破損した。表門の鳥居は解体撤去するほどの破損があった。現在は新しい鳥居が奉納されている。
福島にも菅原道真を祀る天満宮があります。太宰府への流罪にあたり、当時の福島の地は、大阪湾より海路を目指す際の風待ちの地でした。道真も逗留したとされます。
新福島駅近くに在ります。さほど広くは有りませんが、立派で歴史を感じる天満宮(学問の神様)した。出張の帰りに大阪へのお礼と記念にお参りさせていただきました🙏🙇また、境内には吉高稲荷神社もあります。
学問の神様。境内はとても静かな雰囲気です。
JR福島駅、新福島駅から中之島のほうに2、3分ほども歩けば着く距離にあります。ごちゃごちゃした古めのオフィスビルや飲食街の中に忽然と現れる只者ならぬ鬱蒼とした大木たち。その巨樹に囲まれたパワースポット感満載の空間のなかに福島天満宮があります。通りの角にある大鳥居、表参道?からの参拝がおすすめです。大阪のまちのど真ん中にこれはしびれるなあ。
福島天満宮さん夕方初めて歩いて路地裏から鳥居の奥に社がありました。呼ばれた気がして方向かえて参拝夜は門がしまってました。これも何かあるんだろうと感じた参拝でした。
新福島駅1番出口から道路渡ってすぐ!!こぢんまりした神社でした。ずっとずっと昔から福島の土地と人達を守って来たのでしょうね...
| 名前 |
福島天満宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
06-6451-5907 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 6:00~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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平日で受付時間内に行きましたが、御朱印はいただけないとのことでした。書き置きもやっていないとのことなので、いただく予定を立てている方はお気をつけてください。