北条五代の荘厳な静寂を体感しよう!
早雲寺の特徴
北条早雲公の嫡男が創建した寺院です。
歴史を感じる静かな境内が魅力です。
箱根湯本駅から徒歩15分、アクセス良好です。
箱根は、箱根火山の40万年の地質の歴史があり、火山の雄大な風景を楽しみながら岩石や火山地形を観察して火山の形成を学ぶ「箱根ジオパーク」に認定されています。他のジオパークさんはジオパークで市や町を盛り上げようと言う意気込みを感じますが、箱根は東京近郊の年間3,000万人の観光客が訪れる国際観光地の余裕が感じられます。「金湯山 早雲寺」さんは、小田原北条氏の祖である北条早雲さんの遺言により2代の氏綱が建立した臨済宗大徳寺派の名刹で、本尊は釈迦如来になります。県道732号の旧東海道から惣門より早雲寺に入ると、苔むした雰囲気の良い道を歩くことが出来て、本堂の左手には小田原北条五代のお墓もあります。
日帰り温泉に行く途中で久しぶりに寄ってみました。今回知ったのですが、秀吉の小田原城攻めの際はここを本陣にしたそうです。なんか秀吉らしいいやらしさを感じますが、お寺の雰囲気はそれを消し去るほどの落ち着きと静寂な佇まいをか持ち出していました。もちろん北条五代のお墓をお参りして帰りました。なかなかの歴史のロマンを感じさせてくれます。
門をくぐった先の建物には「拝観謝絶」と張り紙があります。夜間閉まっていた門が日中は開いており、門をくぐるのを妨げる様子はないので、北条五代の墓を見学する分には問題ないと思います。
早雲スポット。御朱印はしていないようです。看板から抜粋:天正18年(1590)4月5日豊臣秀吉は箱根山を越え早雲寺に入り本陣とした。6月下旬石山一夜城が完成すると火を放ち、当時関東屈指の禅刹として威容を誇った早雲寺の伽藍、塔頭寺院は尽く灰燼に帰したのである。7月 5 日北条氏が降伏し、同11日には氏政、氏照が切腹。氏直は高野山に追放され、翌天正19年11月4日逝去している。なお北条一門では、伊豆韮山城主であった氏規(氏政の弟)が秀吉に許されて河内狭山城主(約1万石)となり(狭山北条氏)、鎌倉の玉縄城主であった氏勝が家康の傘下に入り、下総岩富に1万石を与えられ(玉縄北条氏)、この両家の家系は、江戸時代を通じて存続している。早雲寺の再建は、当山 17世菊径宗存によって永はじめに始まるがその復興に北条両家の外護は欠かせないものであった。北条五代の墓は、狭山北条5代当主氏治により寛文12年(1672)供養塔として建立されたものである。
北条氏五代のお墓がある閑静なお寺。心が落ち着きます。
後北条家5代の墓あります。箱根湯本駅下車、橋を渡り旧東海道に出て緩やかな坂登ります。徒歩10分程度です。徳川秀忠将軍の侍医の墓もあります。
拝観謝絶とありますが、北条五代のお墓は見学出来ます。駐車場は観光向けに用意されている訳ではないので、数台しか止まれません。
山号 金湯山宗旨 臨済宗宗派 臨済宗大徳寺派大永元年(1521年)伊勢新九郎盛時(=北条早雲公)の遺言で早雲公の嫡男の北条氏綱は京都大徳寺第83世以天宗清を招き創建されました。諸説があり。1、実は創建に携わった以天宗清という人物は早雲寺が創建された時はまだ大徳寺にいたという大徳寺の証言。2、岩崎宗托という人物が、早雲公の本拠地の韮山城近くの寺にいた以天宗清に依頼し、早雲公より湯本に早雲庵を建立させて、後に現在の場所に早雲寺を創建をしたという説3、そもそも江戸時代まで早雲寺という寺が存在しなくて、年代不肖の北条氏綱の文書のみがひとり歩きして、湯本の門前町に享保もしくは天文年間に早雲寺ぽい寺があったという説。4、天正18年(1590年)小田原征伐において豊臣秀吉公率いる豊臣軍の本営が湯本一帯に置かれ、後に築城された石垣山城に移る時に、豊臣軍の本営があった証拠を隠滅させるために辺り一帯を焼き払いを行った時に早雲寺も焼失し、早雲寺が存在していた記録も全てなくなってしまったという説。などがあります。徳川家の時代になり、寛永4年(1627年)菊径宗存という僧が早雲寺を再建し、徳川家第3代将軍の徳川家光公が慶安元年(1648年)に朱印状を与え復興しました。アクセス箱根登山鉄道、箱根湯本駅より徒歩14分箱根湯本駅から、湯本富士屋ホテル方面へあじさい橋を渡り、早雲公園を突っきった先にあります。とても静かなお寺です。
2代北条氏綱公が建立した北条氏の菩提寺。秀吉は本陣をこちらに置いたのに、小田原攻めが終わった後は焼き払いました。江戸時代に再興されています。北条5代の墓があり、自由にお参りできます。本堂などは公開日が決まっているようです。
| 名前 |
早雲寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0460-85-5133 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 6:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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今回は、北条幻庵聖地巡りで幻庵作と伝わる枯山水を見に来ました。幻庵(1500年初頭〜1585年頃(最新の研究))が作った庭園を、江戸時代の寛文期(1660年頃)に再建(アレンジ)されたみたいです。彼は幼少期に、箱根神社の別当を務め、僧だったので高い教育を受けました。それにより教養も高く、更にはかなり手先も器用だったので、石造り、一節切(尺八の前身)鞍も作れてどれも一流レベルだったそうです。小田原久野の屋敷跡にある、園池も幻庵作と伝わっています。12月頭に訪問しましたが、秋の終わり冬の始まりを感じ、四季折々が楽しめるのも、ここの魅力の一つと感じました。また別の季節に訪問したいです。