盛大な祭り、諏訪大社の歴史。
所政社の特徴
子安神社の真ん前に位置し、訪れる価値がある神社です。
下りの手すりがない箇所は少し怖いですが、神社の雰囲気が魅力的です。
諏訪大社に近く、歴史を感じながら静かな参拝が楽しめます。
1458.2022.09.26一の鳥居をくぐって直ぐ右側に曲がった先のはずれに祀られている末社さんです。子安社 の向かいに 政所社 の由緒板があり小高くなった林の中の急斜面に石造りの小祠が鎮座をされておりました 。こちらの御朱印はありませんでした 。
上社摂末社遥拝所上十三所の筆頭に「所政大明神」が掲げられています。現在は「政所社祭」が12月22日「御室社祭・鶏冠社祭・子安社祭」と共に執り行われます。「子安社」真向かいの急斜面中腹の、わざわざ何故こんな場所にと首を傾げたくなるような場所に鎮座しています。意を決して躊躇しつつも転ばないように斜面を上りました。古書には「所末戸社」とも「政所社」とも書かれてあり「非常に盛大な祭りが春秋の二季に行われたと、云れているが江戸時代に至って全く廃れてしまった。嘗ては旧暦三月未(ひつじ)日に稲の穂を積み、その上に鹿皮を敷いて大祝の座とし假家(仮の家)をかまえて神事を行っており、大祝が定めで参詣する社十三ヶ所(上十三所)のうち第一とされてあるから、この社の重んぜられたことがわかる。古くは上伊那の藤沢郷によって社殿が造営されていた。」とあります。
諏訪大社 十三所 01_上01
古書には「所末戸社(ところまつどしゃ)」とも「政所社(まんどころしゃ)」とも書かれてあり非常に盛大な祭は春秋の二季に行われたといわれているが江戸時代に至って全く廃れてしまった。かつては旧暦3月末に稲の穂を積みその上に鹿皮を敷いて大祝(おおほうり)の座とし假家(かりや=仮家)をかまえて神事を行っており大祝が定って参詣する社十三ヶ所のうち第一とされてあるからこの社の重んぜられたことがわかる。古くは上伊那の藤沢郷によって社殿が造営されていた。(安国寺史友会の説明板より)上伊那の藤沢郷は、現在の伊那市高遠町藤澤にあたる。
急斜面に建てられた説明板には、「古書には「所末戸社」とも「政所社」とも書かれてあり非常に盛大な祭りが春秋の二季に行われたといわれているが江戸時代に至って全く廃れてしまった。かつては旧暦三月未(ひつじ)日に稲の穂を積みそのうえに鹿皮を敷いて大祝の座とし假家(仮の家)をかまえて神事を行っており、大祝が定めで参詣する社十三ヶ所(上十三所)のうち第一とされてあるからこの社の重んぜられたことがわかる。古くは上伊那の藤沢郷によって社殿が造営されていた」と書かれています。しかし、斜面が急すぎて、石祠があるここでは祭事はおこなれようがなかったと思われます。私見では、この上の尾根がその場所ではなかったでしょうか。道を挟んで向かいには子安社があります。そこで、子安社を含めた尾根下のこの一帯が催事の会場だったかもしれません。
子安神社の真ん前にある社、下りが手すりがないのが怖い。
| 名前 |
所政社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
『古書には「所末戸社」とも「政所社」とも書かれてあり非常に盛大な祭りが春秋の二季に行われたといわれているが江戸時代に至って全く廃れてしまった』とある。主祭神は素盞嗚尊、大己貴命だそうだ。『稲の穂を積み そのうえに鹿皮を敷いて大祝おおほうりの座とし 假家をかまえて神事を行っており』『大祝が定めで参詣する社十三ヶ所のうち第一とされてあるから この社の重んぜられたことがわかる』ともある。祠まではおそらく最近だろうか?丁寧に造られた足場がある。麓からあがるのだが麓付近の足場は当時の石組みが見られる。カメラのシャッターが2回勝手におりた。怖い~💦