天守台の石垣、神戸の歴史を感じる。
神戸城跡の特徴
織田信孝が築いた五重六階の天守台が見事に残っている。
武骨な野面積みの石垣が印象的な神戸城跡です。
整備された公園の中に残る貴重な遺構を楽しめます。
現在の三重県鈴鹿市にあった城です。城趾の中心部は神戸公園となり、二の丸跡には神戸高校が建っています。本丸跡には野面積み石垣の天守台があり、かつては五重六階の天守が築かれ、北東に小天守と南西に付櫓がある複合連結式の天守であったようです。天守は1595年に解体され、桑名城に三重櫓として移築され神戸櫓と呼ばれました。遺構としては土塁や水堀がしっかり残り、天守台石垣が一番の見どころです。10台程の公園駐車場も完備されトイレもあります。30分程度で散策出来ます。
天守台と水堀の一部くらいしか遺構は無いので簡単に巡れます。駐車場は公園に2ヶ所あります。奥にあるトイレ横の駐車場が停めやすいです。
神戸城はもともとは神戸氏の居城でしたが、神戸氏の養子となった織田信長の息子織田信孝が五重の天守を築きました。その後、秀吉と対立した信孝は自刃に追い込まれ天守も桑名城に移設されました。神戸城は江戸時代には神戸藩の藩庁として利用されましたが、天守が再建されるとこはありませんでした。城主は一柳→石川→本多氏と変わりましたが石高は1〜1.5万石程度だったので天守を築く余裕がなかったのかもしれません。神戸城跡は現在は本丸と僅かな堀が残る程度です。二の丸などは学校になっています。たいした遺構は残されていませんが、本丸にある天守台の石垣は残されています。かつて五重の天守が建っていたという天守台は高さもけっこうある立派なもので一見の価値があると思います。
中々の石垣と、水堀遺ってる。野面積みの天守台と共に、とても良き。今は無き、天守あればなぁ。住宅街に溶け込んでしまっているが、駐車場は、城跡公園の天守台に、ほぼ、横付け。ホップ、ステップで、天守台極めて、やっほーしてもよし。お城周り周遊してもよし。攻城全く手間なし。赤い橋から、堀を覗けば、丸々と太った鯉。目を見張ります。異様に、水も綺麗。こんな堀見たことない。
公園の一角にある城跡。江戸時代を通じて天守閣が築かれなかった城とのことで、現在は石垣と天守台だけが残っています。面白いのはやはり石積みでしょうか。近江の穴太(あのう)衆が積んだ隙間のない職人技のような石垣に対し、こちらは丸いごろた石を無造作に積み上げただけに見えます。それでも崩れないのはそれはそれですごいと思います。
周囲を一回まわり、駐車場がトイレ工事中のため入れなくて、本多会館の駐車場に停めました。城址跡は、歩いて1分位横にはとてもとても大きな木があります。石垣だけで、あとは周りを歩きました。大きな鯉が沢山いる堀があります。隣の公園には、簡単な健康保持器具が設置されていました。
織田信長の三男織田(神戸)信孝により5重6階の天守が築かれたと伝わる城跡です。複合連結式の天守であったことが確認されおり、ここにホンマにそんな立派な城が?と思うほど今はひっそりしています。本丸跡の石垣は野面積みで、渋い感じでなかなかに立派なものですが算木積みが甘く、5重6階の天守が立っている姿はやや想像しにくいです周囲は公園になっています。
Googleマップにある駐車場は今(2023年9月末)工事中で、臨時みたいな駐車場が車6台くらい止められました。日曜日は満車になりがちなので注意が必要かな。石垣が楽しいです。野面で、正面は乱積ぽいのに裏へまわると布積。丸い石もあれば平べったい石もある。再利用なのか?な形もありました。今は彼岸花が沢山咲いてます。
織田信長の三男、神戸信孝時代のものとされる野面積みの石垣の天守台が残っています(『伊勢旧街道を歩く』より)。ここに金箔の瓦も使った5層の天守が聳えていたというから驚きです。
| 名前 |
神戸城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
059-382-9031 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鈴鹿市神戸町にある神戸城跡は、かつて伊勢神戸城として栄えた歴史を感じられる静かな史跡です。現在は天守などの建造物は残っていませんが、公園として整備されており、城跡特有の地形や石垣の名残から往時の姿を想像することができます。特に堀や高低差のある配置は、戦国時代の防御の工夫を身近に感じさせてくれます。観光地としての派手さはありませんが、その分落ち着いた雰囲気で、歴史好きの方や散策を楽しみたい方にはぴったりです。春には桜も美しく、地域の人々の憩いの場として大切にされていることが伝わってきます。歴史と日常が自然に溶け合った、味わい深い城跡です。