島津陣跡に祈る清々しさ。
小池神明神社の特徴
木々に囲まれた清々しい自然の中に位置し、心安らぐ空間です。
島津義弘の陣場に隣接し、歴史を感じることができます。
ご祭神は天照大御神、雨乞いのために建てられた神社です。
2025年10月12日さわやかウォーキングの途中で立ち寄りました。
小池神明神社-----説明文より-----小池神明神社の由来鎮座地関ケ原町字神田一八七一−一旧社格無格社御祭神左社殿 秋葉神社 火之迦具士命右社殿 神明神社 天照大御神由緒当社の創建年紀は不詳であるが、秋葉神社を勧請し祀ったといわれている。日照りの時には関ケ原では町中廻り持ちで「雨乞い」をすることになっているが神神しく信仰するために神明神社を勧請された次第。もともと当社は慶長五年(一六〇〇)関ケ原合戦時には現在地ではなく字西甲斐墓一九五〇番地の丘陵に祀られていたが西軍の将島津維新は陣地として好適地につきこの境内を本陣とし戦勝を祈願したといわれている。又嘉永六年(一八五三)火災にあい都合により隣地の現在地に移転し元の礎石は薩摩軍の使った井戸の側に残っている。惜しいことに慶長以後の棟札が残っていたが、嘉永六年(一八五三)の火災で焼失してしまった。例祭日秋祭り 十月二日春祭り 三月十七日御神徳天照大御神 国土平安 国家隆昌 五穀豊穣火之迦具士命 火災消除 家内安全 厄除開運。
木々で木陰になった場所にあります。
9/11参拝樹木に囲まれ良い。
島津義弘陣地(の石碑)の横にあります。別の地にあったようですが、火災にあい、こちらに移転されたそうです。神社の脇に駐車場があります。
当社の創建年紀は不詳なるも、慶長五年九月十五日関ヶ原合戦の際には関ヶ原町大字関ヶ原字西甲斐墓1950番地の丘陵に祀られてあったので、島津維新は陣地としても好適の地であるのでこの神社の境内を本陣となし、戦勝を祈願し、その前出している清水を軍用水として使ったので、今でもこれを薩摩井戸と称している。嘉永六年火災にあい、都合あて隣地の字神田1874の1番地に移転したが元の礎石は尚薩摩井戸の側に残っている。神田の地名はこの神社の関係地であり、又この神社の西に池寺池と称する関ヶ原役以前からの古い池がある。領主五千石の旗本竹中?」山公の御代藩の養魚場となされたことがあり、度々御視察の際には御参拝且つこの境内でお休みになったと伝えている。惜しい事に慶長以後の棟札が残っていたが、嘉永六年の火災に焼失してしまった。
島津陣地に隣接しています。
島津義弘の陣場。
ご祭神は天照大御神。神社の裏手に、関ケ原合戦時 島津義弘が構えた陣跡がある。人気が少なく木々に囲まれ、それほど大きくない神秘的な雰囲気が漂う。
| 名前 |
小池神明神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ワム80000関ヶ原古戦場の中、小池神明神社入り口に保存されています。前日からの雪が残っていたのでアクセスには時間かかりました。あとで調べたらビールを運んでいた貨物車らしい。