玉川湖畔で桜に癒やされる。
天神社の特徴
御祭神は天穂日命と菅原道真神が祀られています。
落ち着いた佇まいに桜がとても美しい神社です。
天慶5年に建立された歴史ある神社です。
思わず立ち寄り、のんびりと暑さも和らいでの落ち着いた参拝出来ました。
サクラ満開です。
御祭神は、天照大神の子で葦原の中つ国に遣わされた天穂日命(あめのほひのみこと)と菅原道真神。 古くは大国主命と少彦名命が立ち寄った古関と言われ、この場所 龍岡は神の岡とも呼ばれているそうです。駐車場はありません。
落ち着いた佇まいの神社で、世界平和を祈念しておきました。
元は、天慶5年(942年)、伊予国司である河野安家が、大宰府より28社を自国内の菅原道真ゆかりの地に勧請した内の1社です。菅原道真は伊予の隣国讃岐の国司であり、伊予にも立ち寄ったとの話です。特筆すべきは、南朝3代目の天皇「長慶天皇」が、北朝軍に大敗して伊予国に落ち、当地豪族「河野氏」の一族の警護を受け、当地から現在の東温市に落ち延びたことより、当地が「神の岡」≒「亀岡」とも称されていたとの話があります。東温市の浮嶋神社横に「長慶天皇」御陵の跡地と推定される場所が有ります。「長慶天皇」の御陵の推定値は全国に20ヵ所程度ありますが、伊予の国の古の神話(大袈裟?)を信じたい気持ちです。
桜が綺麗でした。天神さんです。
⛩️神社について天神社境内及び風致林(名所・旧跡などの景観を保存するために指定された森林)全域で独立丘陵の古墳。「小千(おち)の国造、神籬(ひもろぎ)を建て、斉(いつき)祀る所」と伝えられています。竜王の宮とも、神の岡とも呼ばれていました。⛩️ダムの底の遺構天神社本殿右横の小道から、左手の石段を登ると小さな御社があります。この石段ですが、右手の方は、現在は落ち葉が堆積して埋まっていますが、本来は、真っ直ぐにダム下まで続いています。キャンプ場からダムが干上がっていた時に現れる道から、普段は沈んでいる神社の境内の遺構が確認できました。ダムが出来るまでは、その境内から、真っ直ぐに石段で小さな御社まで上がれるルートもあったのでしょうね。後、前に工事か何かで長期間ダムの水位が、かなり下がっていた時に、天神社のある丘陵地向こうまでボートの係留場所もさがっており、その丘陵地から北東近くに土砂に埋まった橋の遺構が見られました。土砂でだいぶ埋まって天神としか読み取れませんが、おそらく天神橋。⛩️五輪塔について幸門(さいかど)城主の正岡氏の一族の館跡が湖面に沈んでるそうです。社殿横の五輪塔は、一族の墓が移されたものです。⛩️水没地域の宗教施設玉川町誌によると、玉川ダムの水没地域には、天神社1棟の他に須賀神社4棟、妙見神社1棟、薬師堂1棟があったようです。
| 名前 |
天神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0898-55-3091 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
今治市玉川町龍岡の玉川湖にある神社。伊予河野氏の祖とされる小千国造(越智氏)によって建てられたと伝えられています。南北朝時代に南朝の長慶天皇が龍岡に落ち延びた伝説もあります。玉川ダムの建設に伴い元の社地から現在の高台へと移転されました。玉川湖を眺められる高台にあり気持ちの良い場所でした。社殿は大きく立派で他に祖霊社も建てられています。社殿裏にあるさらに高い場所には奥宮と思われる社もありました。急な階段を登らないと行けないので結構大変。ようやく到着すると社の他に小さな祠があり森に囲まれた神秘的な場所でした。ちょっと謎なのが奥宮までの階段が天神社社殿の裏から直接伸びているのではなく南から回り込んだ場所にあります。しかも階段は途中途切れていますが下の玉川湖まで伸びていました。ダム湖の水量によっては水没してしまう場所にまで階段が伸びています。情報が少なく推測になりますが、水没前の天神社は南の階段の先にあったのではと考えてます。ちなみに玉川湖は小説「がんばっていきまっしょい」の実写映画、ドラマ、アニメ映画に登場している聖地です。玉川湖は実際にボート競技の会場にもなっています。この神社の神様が悦ネエ達や梅子達の事を見守ってくれていたのかもしれません。