高島城の冠木門へ、御城体験!
冠木門の特徴
現在復元されている高麗門が魅力的です。
模擬復興された櫓門が印象的な観光地です。
雪景色の中で映える高島城の美しさを体感できます。
2026.7お城に入城する際にこの門をくぐります。立派な門でした。
高島城冠木門 は、高島城本丸の表門として城の正面を守っていた重要な城門です。現在は高島公園の入口として復元されており、冠木橋を渡った先に堂々とした姿を見せています。復興天守へ向かう際に最初にくぐる門であり、高島城を象徴する景観の一つとなっています。1970年(昭和45年)の天守復興にあわせて木造で再建されました。「冠木門」とは、本来、左右の門柱の上に一本の冠木(横木)を渡した簡素な門を指します。しかし、高島城に残る江戸時代の絵図には、屋根を備えた 櫓門 あるいは 高麗門 とみられる姿で描かれており、名称と構造が一致していません。このことから、高島城では当初の冠木門が後に屋根付きの門へ改築され、名称だけが受け継がれた と考えられています。現在の冠木門は、1970年(昭和45年)の天守復興にあわせ、現存する絵図などを参考に復元されたものです。門の内側には 武者溜(むしゃだまり) が設けられ、本丸正面を守る重要な空間を形成していたと考えられています。冠木橋と水堀、そして復興天守とともに眺める景観は、高島城を代表する見どころの一つです。高島城を訪れる際は、ぜひ冠木橋から冠木門を眺めてみてください。水堀越しに見る門と復興天守の組み合わせは、高島城を象徴する美しい景観です。また、「冠木門」という名前でありながら実際には屋根付きの門であったという歴史的な経緯を知ると、城郭建築の変遷や当時の姿に思いを巡らせながら散策を楽しむことができるでしょう。
本来「冠木門」とは屋根が無く「冠木」と呼ばれる横柱と門柱だけの簡素な門です。ここは、当初「冠木門」だけの虎口だった所に、後に「高麗門」か「櫓門」に建て替えられたが名称(冠木門)だけがそのまま残ったのではないかと推定されています。 🏯本丸の表門にあたり、現在は楼門が復興されています。両脇の石垣上に設けられた武者溜りが特徴的です🥷
高島城の冠木門になります。復元されたもののようですが、年数が経っているため、あたかも昔からあるような風格があります。
両脇の石垣上に武者溜りが見えます。冠木門、冠木橋(かぶきばし)
高島上の正規の門といえる。落ち着いた雰囲気、お堀を渡る感覚がよい。
冠木門は復元された櫓門である。復元門だがなかなか立派である。現在は高島城の表門となっている。本来、冠木門とは簡易的な門のことを意味するが、高島城の絵図からは楼門もしくは高麗門と呼ばれる屋根付きの門であったことがわかる。おそらく当初は冠木門であったものが、楼門もしくは高麗門に建て替えられ名称だけが残されたと推察できる。
市役所側の観光駐車場から、 お堀ばたに沿って歩いて正面側に廻り、 橋を渡り御門をくぐって、 登城いたしました。気分は武士です。皇居の高くて 手を突っ込むようなスペースも見当たらない隙のない立派な石垣ではなく、 草苔なども少し生えて 一部は間の石も抜けた石垣と門の風景は、遠い時代を感じさせてカッコ良かったです。
こちらは2025年04月10日の訪問となります。諏訪の名所・高島公園の入口となる門です。本丸の表門で、1970年に本丸と一緒に復元されたそうですね。元は冠木門という簡素な門でしたが後に楼門(屋根付きの門)になったと考えられておりまして、これは後者を復元しているようです。ちなみに石垣の上の塀は武者だまりといい兵士が待機する場所です。門の上のスペース、入ってみたかった……。
| 名前 |
冠木門 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
本来「冠木門」とは、左右の柱の上部に一本の横木(貫)を通しただけの屋根がない簡素な門を指します。しかし、江戸時代の絵図に残る高島城の表門は、立派な屋根を持つ楼門として描かれています。築城当初は簡素な「冠木門」でしたが、後に強固な屋根付きの「楼門」へ建て替えられ、名前だけが当時のまま残ったと推測されています。建築学者・大岡實博士の設計により1970年に復興され、現在は高島公園を象徴する美しい玄関口となっています。