榛名山の神秘、黒髪山神社へ。
黒髪山神社の特徴
榛名山に位置する黒髪山神社は、里宮としての役割を果たしています。
圧巻の梅まつりの後に立ち寄れる、手入れの行き届いた境内です。
親切な対応で人気の、御朱印を社務所でいただける神社です。
榛東村ではなかなか見応えのある神社⛩️なのかも^^。
梅まつりを見た帰りに寄りました立派な神社でした。
榛名連峰の相馬山(黒髪山)を御神体として、明治20年に建立されたもの。北方に2、3キロ登った相馬山頂に奥宮がある。社殿は権現造りで、拝殿には千鳥破風と唐破風が付き、南向きに鎮座している。広々とした境内はさまざまな樹木に覆われていて、ともすると森の中にいるような感覚に襲われる…地面はみどりの苔で覆われていて、深い静けさに占められている。相馬山登山口の石の道しるべや有栖川宮、アカマツの巨木などがある。御神木のモミの大木が枯れたままで入口の鳥居の右側に聳え立っている。左側にも枯れた大木の幹が置かれていて、左右とも注連縄を付けているからいずれも御神木なのだろう。🅿️あり。2025/11/12
榛名山の上に本宮がある黒髪山神社の里宮。現在は演習地があるので直接榛名山頂に繋がる道がありませんが、昔高崎から榛名山に登る街道がこの近くを通っており、そのためここにあるのだと思います。鬱蒼とした杉に囲まれた静かな神社です。数年前まで鳥居の前に古い巨木がありましたが、枯死してしまったので切り倒されてしまいました。もう一本もほぼ枯れていますが、太くて立派な木ですので見るだけでも。倒壊の危険があるため近づけません。初詣の時はかなり混雑します。お守りや御札もこの時は色々販売しているので買うなら三が日が外れなくてオススメ。厳かな雰囲気のいい神社です。付近の人が手入れをしているのか、境内も綺麗です。
とても綺麗に手入れされている境内でした。参拝者ノートのようなものが置いてあり、遠くからも参拝の方が来ているようです。
「黒髪山神社」と言う何故だかとても曰くがありそうな神社名称ですが、奥宮は榛名山の外輪山である黒髪山にあり、コチラはそれを徭拝する為の里宮です。人の黒髪に纏わる神社ではないようです。ちなみに黒髪山は「雨乞いの山」として有名だったと言う事で(確かに夏場の雷雲は必ずこの辺りから涌いてきます…)それが神格化されたのだろうと思います。確かに今では山頂直下の榛名湖まで車道がありますが奥宮までは昔は一部の健脚者しか登れなかったハズです。「里宮」とは言え木造の立派な社殿が鎮座していて、境内には古いご神木や摂社もあります。
黒髪山神社の看板の道を入り、一の鳥居を登って行き社務所の相向かいが神社です。本殿や拝殿は迫力があります。御祭神が山の神様であり、相馬山の里宮なこともあってなんだか壮大な山の様な雰囲気を感じました。
岩山の奥にある本宮に詣るのが大変で造られたと言われている里宮です。山門の入口には黒髪山神社入口という立看板が無ければ見過ごして通過してしまいそうなほど狭い道です。神社の脇には、広い更地の駐車場が有ります。前年の御札や達磨を置いていく、小さな建物が中に有ります。早く行けたら、甘酒がふるまわれます。小さな神社です。
親切に対応してくださいました。
| 名前 |
黒髪山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0279-54-2987 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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🐺秘密にしておきたいステキな神社。主祭神は大山祇命ですが、ご神体は黒髪山そのものです。黒髪山(くろかみやま/Kurokami-yama)は、雷雲の湧き立つ相馬山の別名で、黒、雷を山岳信仰では「闇龗神(くらおかみ)」の為せる現象と喩える謂れがあり、「くらおかみ」=「くろかみ」に由来しています(これは、神道系で"黒髪"の掛詞としています)。ですから、本殿の神額には「相馬山神社」と掲げられています。これは、たぶんだと思うのですが、1485年(文明17年)に天台宗の行脚僧、尭恵上人によって書かれた「北國紀行」の中に「九月盡に長野陣所小野景賴が許にて。暮秋時雨。誰袖の 秋のわかれの くしのはの 黑かみ山そ まなくしくるゝ十一月の末に上野のさかひ近き越後の山中石白」(出典:群書類從/編者:塙保己一/卷第三百三十六 紀行部十)と、"黑かみ山 " が、上野(こうづけ)の境として出てきます。てことは、15世紀の終わりには、もう黒髪山と呼ばれていたんだと思います。天然記念物だったモミの木の巨大木が2本続けて枯れてしまって早3年、クリスマスツリーにしたらさぞキレイだろうと思ったところで教派も宗旨も異なるので、そんなこと思ってる間に境内丸見えになってしまいました。(モミは暑い夏に弱く、枯れ始めると早くて、どんな古木でも一気に落葉して終わってしまうそうです/前橋の植木屋さん曰く)。この神社の西背後に聳える相馬山は山岳信仰の山として有史以来久しく信仰対象になっていました。けれども、現在までたいへん急峻な山道でしたのでなかなか山頂付近の祠に行くことはできなませんでした。南和十郎(神道禰宜)とゆう地元の篤志家が発起して、山頂にまともなお宮祠を造りながら、明治20年に、里宮を今の場所に建てました。当初は神道修成派上野祠と呼ばれ、黒住の教えが濃厚な、黒髪山神社としました(ですから今も、神宮大麻の授与はしていません)。現在は少々廃れてはいますが、毎年旧正月には、二年参りの祭礼をおこない、講によって村内だけでなく、県内外各方面方面からの信者が集います。黒髪山神社は県神社庁に所属していますが、こんにちまでに、多くの教派神道の柔軟な吸収を経ている大変めずらしい神社で、境内に散在する石碑の霊神柱名は、それらの出来事を伝えています。境内社にある有栖川宮神社は、明治30年に有栖川宮熾仁(たるひと)親王の罹病に際して、南和十郎が黒髪山神社境内で平癒祈願を行った際の社叢から発祥しています。クルマでないと容易に行けないタイプの神社なんですが、関越自動車道の駒寄スマートICを上下線ともに渋川の方向に出ます。下り線は県道に突き当たって右手西向きですね。上り線も一度ツルヤのほうに出て右折です。どちらも県道に入りますからそのまま榛名山を見て、「相馬ヶ原・榛東」へ向かって山裾の県道を直進します。高崎渋川バイパスに至ったら、雛子の交差点を左折、下新井の交差点(北カドにローソン)を北へ右折、どんどん緩い坂を登っていくと、自衛隊の相馬ヶ原駐屯地の正門(自衛隊正門前交差点)で丁字路に当たりますから、突き当たって南へ左折、駐屯地の敷地に沿って右折、丁字路に出て左折、晴れていれば左手に前橋市街地を見下ろしながら走れる道で、左にローソンのある井戸尻交差点の信号を過ぎたら唐沢川にかかる短い橋を渡ってすぐの路地を右折します。この曲がり角に黒髪山神社右矢印の縦看板が立っていて、その先に朱塗りの一の鳥居があります。鉄道で行かれる方は、高崎駅か渋川駅から路線バスが通っていて、最も近い停留所が「広馬場」バス停です。この道は、半世紀以上も前に東武鉄道高崎軌道線の線路が敷設されていた路線の西方に並行して伸びていた道で、本数はそこそこあるのですが、高崎から小一時間は要します。渋川からも40分近くかかります。さらに、中ノ前バス停を降りてから、このバス停前後には、郵便局やコメリ、セブンイレブンもまとまっているものの、広馬場交差点から西へ向けて唐沢川上流に向けて登り坂を1キロほど登っていくと、ローソン榛東井戸尻店の脇に出ますから、あとはクルマと同様、黒髪山神社の縦看板が見えます。もうひとつ、上越線の群馬総社駅から向かう方法もあります。距離で10キロ、2時間強、ひたすら登り坂です。境内には駐車スペースが西側にクレイであります。黒髪山神社は奥社が榛名湖に近い榛名湖町の深いお山の中にあって、峠を3つ、谷を4つ越えて行かないと辿り着けない相馬山の頂に鎮座しているのですが、そちらはクマも普通に出るし、冬季は近付けません。そこで、先述のように、榛東村の、現在地にできたのが里宮である、この黒髪山神社です。 黒住の系統にあって、それでいて、境内南側には御嶽の碑が建っていたりします。じつは県内には高崎の市街地にも小さな祠を持っています。いまは広馬場のこの場所がベースになっていて、神事も年間を通して盛んにおこなわれています。上州では希少になってしまった狼信仰も色濃く残り、オオカミさんのお札が2種類2体授与されてて、やや大きめ。さらに本殿掲額には天狗の面額が奉納されていて、武州秩父あたりから続いてきた狼信仰と、下野で崇敬者の多い天狗信仰がこの榛東村から桐生辺りにかけて混ざり始める、そんな地域の神社です。社殿側境内には鳥居をくぐってすぐ左手に授与所はあるのですが、掘っ立て小屋なので、祭礼時以外はふだんはどなたも見えませんが、お札とお守りは、道挟んだ向かいのおうちに宮司さんがお住まいなので、玄関訪ねて行くと、出て来てくれます。