国道沿いの神社で、静かな参拝を。
素鵞熊野神社の特徴
鳥居の左側には広い無料駐車場が完備されているので安心です。
樹齢780年の大木がある参道は、地域の人々に愛されています。
国道沿いにある大きな看板が印象的で気軽に参拝できます。
何気なく神社の看板見て寄りました😊雰囲気良くて落ち着く😌感じです❕御朱印は拝殿の右の方に書き置きがあります!
なかなかこちらへ伺うキッカケがなかったので来れませんでしたが、ようやく訪れる事ができました。道沿いの神社の大きな看板が入口の目印で、横には駐車場もありました。樹齢800年の御神木が出迎えてくれます。書置きですが御朱印も手に入れられました。
車で走行中、何気なく気が付き通り過ぎましたが、なぜか気になりUターンして立ち寄らせていただきました。派手さはありませんが、風格が感じられる神社だと思います。御朱印は書き置きで、お気持ちを賽銭箱に置いてある袋に入れて投入する形で、社務所は無人となっています。御神木が天然記念物とのことで、パワーをいただくことができたような気がします。とても落ち着いた雰囲気でした。
黄門様ゆかりと聞いて御伺いしました。潮来に広がる水田を見下ろす、お山にある立派なお社です。基本的に無人ですが、拝殿は開いており、中を拝見出来たのは幸いでした!境内も綺麗に掃き浄められており、長年大事にされてこられたのが解ります。ご由緒は他の方のコメントにおまかせするとして(手抜き)、駐車場は鳥居脇(大欅のある方です)に6台くらい停められます。が、そこまで行くのに集落の狭い道を行かなくてはなりませんので、くれぐれも御注意を!
2024/11 初訪問。丁度いい規模の素晴らしい神社✨️でした!
静かな神社です。駐車場は、中学校方面から上がったほうがいいかと思います。正面は、今、道路を舗装工事してます。
恒例の祇園祭り!! 多くの市民等楽しみにしてました。やっと2019年と同じ 規制無しの開催。嬉しくて (T_T) です。お勧めは提灯が灯る夕方以降です。少し涼しくなり幻想的な景色が見れます。各町の山車位置はHPから確認できます。
国道沿いに位置し、鳥居の左側に広い駐車場もあるので気軽に立ち寄れる。自然豊かで良い雰囲気の神社です。
スピカーから琴の音が流れています。御朱印も書置きがご用意されていました。風情のある神社でした。
| 名前 |
素鵞熊野神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0299-63-1692 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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潮来素鵞熊野神社(そがくまのじんじゃ)は、JR潮来駅の北1.3kmほどの茨城県潮来市潮来の高台に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。天安2年(858年)津知村の天王原に創建されました。文治4年(1188年)潮来の天王川岸へ移し、「牛頭天王」と呼ばれていました。牛頭天王は、八坂神社の祭神で、元来はインド祇園舎の守護神とされ、疫病除けの神として知られています。文治4年(1188年)の遷座と牛頭天王を奉斎した背景には、潮来地方での疫病の流行などがあったものと思われます。元禄9年(1696年)牛頭天王は、一村一社の政策により現在地に移り、熊野三社権現と相殿になりました。天保15年(1844年)牛頭天王は仏教色の強い呼称から、神道的な素鵞神社へと社号を改め、同時に熊野三社権現も熊野神社と改称しました。明治10年(1877年)に長く相殿であった両社は、素鵞熊野神社となって現在に至っています。御祭神は、素盞鳴命・奇稲田比売命・伊弉册命・速玉男命・事解男命です。境内社として、神明神社、大六天神社、松尾神社、淡島神社、金比羅神社、愛宕神社、大杉神社、稲荷神社があります。『潮来祇園祭禮(茨城県指定文化財)』は、元禄年間(1688~1704年) 徳川光圀の命により天王山に鎮座していた素鵞熊野神社が遷宮され、山車が奉納されたことに始まる素鵞熊野神社の例大祭で、800有余年の歴史と伝統のある祭禮です。毎年8月の第一金曜日から日曜日までの3日間かけて行われ、まず初日に2体の神輿(俗に天王様、権現様と呼ばれている)が出御する「御浜下り」で始まります。各町内の山車がそろい、神輿をお迎えし、中日は町内渡御(町内御巡行)、最終日には還御(お山上り) が行われます。この祭りに花を添えるのは、三丁目の獅子舞をはじめ、総数十四台もの山車、そしてこの山車にのった芸座連によって奏でられる潮来ばやしです。山車のうち三台は県指定文化財、そして潮来ばやし は茨城県指定無形民俗文化財に指定されています。圧巻は「のの字廻し」や「そろばん曳き」に代表される「曲曳き」で、若衆と山車、芸座連が一体となった様は必見です。『潮来大欅(茨城県指定天然記念物)』は、入り口の鳥居の背後に聳えています。元々は別の場所にあった欅が、元禄5年(1692年)水戸藩2代藩主・徳川光圀が南部巡視した際に素鵞熊野神社を郷土の鎮守とし、現在の地に遷紀され、大欅をご神木とされ、守護されてきました。幹周囲目通り約8.35m、高さ約15m、枝張り約14mです。四方に拡がり、社頭に一段の風致を添えています。生育旺盛で枝張りも良く盛夏の候には、樹下の涼を求めて多くの人が集まります。素盞嗚神社(すさのおじんじゃ:祇園神社・八坂神社)は、全国に約2,300社あり、京都市東山区の八坂神社または兵庫県姫路市の広嶺神社を総本社とします。素盞嗚命(牛頭天王)を祭神とする祇園信仰の神社で、スサノオ(素盞嗚)は紀元前37年に滅亡した朝鮮の布流国王一族のフツの子息で、ヤマトノオロチを征伐して出雲国を建国したと言われています。平安時代に成立した御霊信仰を背景に、行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとしたのが祇園信仰の原形です。熊野神社(くまのじんじゃ)は、和歌山県の「熊野三山」(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を総本社し、全国約5000社ほどあります。その起源は約2000年前、第10代崇神天皇の時代に熊野の地に神が祀られたことに始まると伝えられています。 自然崇拝を起源とし、特に「花の窟」は『日本書紀』にも記される日本最古の神社の一つとされています。平安時代中期から鎌倉時代にかけて「熊野詣で」が非常に盛んになりました。皇族や貴族から庶民に至るまで、多くの人々が現世の罪穢れを払い、来世の幸福を願って熊野を目指しました。熊野信仰は神道と仏教が融合した「神仏習合」の霊場として栄え、修験道の拠点ともなりました。熊野三山の神々(熊野十二所権現)は全国各地に勧請され、「熊野神社」として広まりました。