心癒される縄文の大石棒。
北沢大石棒跡(移動済)の特徴
縄文時代の技術を感じる、貴重な遺物が存在します。
日本一の大きさを誇る大石棒を目の前で体感できます。
田んぼの中に佇む、悠久の歴史を語る不思議な場所です。
子供の頃から見ていたけど貴重な歴史的な物とは知らなかったなw
なんと逞しい御棒様でありましょうか。肖りたいものです。周囲を田んぼに囲まれ駐車場はありません。道路から見えるものの、途中川が流れており迂回しないとたどり着けません。わたし自身も近くで野良仕事をしていらっしゃった方に教えていただきました。親切に指示してくださった方に感謝です。
縄文時代にこれだけの石を切り出して加工する技術があり、それを指示した人、造る技術者と祭る民言葉やコミニティーが発達して居たことがうかがえる。
縄文と言うと土偶や土器が 鑑賞や見学のメインになるのだけれど 令和の今でも普通の田畑の中にあるのは素晴らしい。年代見れば分かるが 天災にも遭わず 政変や開拓開墾も無く どっかのインチキが言った○○4000年の歴史以上の物が 普通に存在している。田んぼの中にあるので 雨上がりなどは歩行注意駐車場無いので軽四サイズの未舗装に車を停める事になるので 地元の人に迷惑かけない気配りと 適した靴などの選択はマナーですね。
数千年前に作られた日本最大級の男根のメタファー。ご立派。
大きさといい、形状といい、貴重なものです。
奇岩いわゆる男のシンボルです😄
田んぼ中に在り道路からあぜ道を歩きます。形状からして土着信仰の『子宝の元』を連想させます。その高さは人の背丈以上、似たようなモノは割と各地で見かけます。天然のモノでは沖縄・糸満の『玉泉洞』天井から巨大なモノがぶら下がっています。人口のモノでは日本一大きいとされていますが、近年の研究により時代考証には疑問が残るそうです。
現在は縄文時代中期の貴重な遺物と考えられている「北沢大石棒」が明治時代はどんな風に思われていたかが分かる記述が「南佐久郡誌(大正8年)」の879頁にあるので抜粋して転載します。「石棒 字北澤中川の辺りに在り、高野町に伝説せる七ッ石の一なり、地上二尺余を露出しあり、,人類学者の泰斗たりし、坪井理学博士の説く処によれば、石棒として斯かる大なるものの存在すべき筈なし、恐らくは後世宗教的迷信によりて樹立せしものなるべし。,」 こんなものは縄文時代のものではなく、後世の贋物(まがいもの)に間違いないと坪井博士は断定しています。
名前 |
北沢大石棒跡(移動済) |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www.town.sakuho.nagano.jp/oshirase/kanko/sangyoshinkoka_455.html |
評価 |
3.8 |
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ガキの頃に良く訪れたな~当時は何も意識しないで見ていたが歴史的価値が有るみたいだね。あんまし目立たないから初めて行くとわかりずらいかも。