歴史とパワー宿る海野宿の神社。
白鳥神社 (信州海野宿)の特徴
海野宿の入口に位置する、由緒正しき神社です。
日本武尊ゆかりの地であり、霊力を感じる御神木が存在します。
真田氏と海野氏による崇敬が深い、歴史的な神社です。
歴史ある宿場町「海野宿」の一角に鎮座する白鳥神社は、古くから地域の人々の信仰を集めてきた由緒深い神社です。海野宿の町並みを歩いていくと、ひときわ緑豊かな杜に抱かれるように社殿が現れ宿場の歴史的景観の中に落ち着いた気品を添えています。鳥居をくぐると、鬱蒼とした木立に囲まれた参道が続き、宿場の喧騒から切り離された静謐な空間が広がります。社殿は素朴ながらも端正な造りで、木組みの力強さや屋根の反りに職人の技が感じられます。こうした建築様式は、海野宿の伝統的な町並みと調和しながらも、神聖な場としての威厳を放っています。
令和7年9月11日参拝しました。白鳥神社は、宿場町の静かな空気に包まれていて境内はこぢんまりとしていながらも清らかな雰囲気で、古い街並みと相まってとても風情があります。特に驚いたのは、誕生日に行くといただける御朱印!名前入りで書いてくださって、世界に一つだけの記念になりました!御朱印好きはもちろん、誕生日を特別な思い出にしたい人にはぴったりです。海野宿を散策しながら立ち寄れるので、歴史好きや神社好きにもおすすめの癒しスポットです。是非訪れてみてはいかがでしょうか!
敷地はさほど広くないが御神木立派で他の木々もかなりの樹齢です。木曽義仲挙兵の地でもある。この近辺の有力者海野氏も義仲に協力した。上田の真田氏は元々海野氏である。この地が発祥で後に上田に移り住んだ。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)・貞元(サダヤス)親王・善淵王(ヨシブチオウ)・海野広道(ウンノヒロミチ)公の四柱を御祭神として祀っている。第十二代景行天皇の第二皇子である日本武尊がこの東征の帰り道に海野に滞在。その後伊勢の国でお亡くなりになり、白い鳥に化身される。海野にもこの白い鳥が舞い降りる。そこで、海野の民は、お宮を建て、日本武尊を祀った。そして、仲哀天皇の二年、勅命により、白鳥大明神と御贈号されたと伝えられている。(白鳥神社HPより)北国街道海野宿を見守るように建つ神社の境内には、樹齢700年を超す大きな御神木のケヤキがあり、思わず深呼吸したくなるような空気感があります。伝説である白鳥をモチーフにした授与品などが可愛い。神社の参拝と海野宿の散策がセットで楽しめるのでおすすめです。
2025.03某日に参拝🙏〜🎎第10回 海野宿ひな祭り🌸〜今年開宿400年を迎える北国街道海野宿で、3月2日(日)から3月22日(土)まで、ひな祭りが開催されました♪通り沿いの家々~隣接する白鳥神社に、可愛らしいお雛様が飾られ、境内はなんとも華やかに〜✨✨この時期にしか見ることができない、様変わりした景色に大変感動しました!飾られた沢山の雛が、美しくキレイでしたね〜🥰
たぶん一回来た記憶があるようなないようなたぶんあると思うで、久しぶりやって参りましたけっこう境内社が多いので、参拝大変です一応は本殿以外の境内社も参拝をしているんですよ祝詞は本殿だけの時もありますけどで、参拝も終わり社務所に行き、なんか縁起物ないかなぁ~と見てたら、けっこういろんなキャラグッズがあり、商売してんなぁと思いました(笑)ただ御札はちゃんと飾っていて欲しいですね社務所の人に聞いたら、御札ありますよと言ってましたが、見た感じなかったので、ないのかなと思っちゃうので。
長野県東御市本海野に鎮座する白鳥神社と、その境内社である信司稲荷神社、新海宮の直書きアート御朱印を頂きに参拝しました。白鳥神社のもののみ見開きのタイプにしました。白鳥神社は平安時代にこの地に鎮座していたことは、明らかで、それは「源平盛衰記」に記される木曽義仲挙兵のくだりに記されている。義仲は、治承5年(1181年)海野氏を中心に千曲川河畔の白鳥河原で兵を挙げたが、この白鳥こそ白鳥大明神なのだそうである。これが史書の初出であるそうだが、白鳥神社の創建がいつであるかは明確ではない。しかし海野の地は、奈良時代には海野郷と称し、この地から献上された品が正倉院御物として残っているそうで、かなり古くから人居のあったことは判明している。なのでそこから、白鳥神社の創建は平安から更に遡り、奈良時代とも推測することができる。白鳥神社は、日本武尊・貞元親王・善淵王・海野広道公の四柱を御祭神として祀っていて、日本武尊は、第12代・景行天皇の第二皇子で、西征・東征と奔走された。この東征の帰り道に海野にご滞在になったと伝えられている。その後日本武尊は、伊勢の国の能褒野で亡くなり葬られたが、その塚から白い鳥に化身され飛び出し、故郷である大和の国方面へ飛び去って行った。その際に海野にもこの白い鳥が舞い降り、それを見た海野の民は、宮を建てて日本武尊を祀った。そして仲哀天皇の2年、勅命により白鳥大明神と御贈号されたと伝えられている。貞元親王(さだやすしんのう)は、第56代・清和天皇の第四皇子で、眼病を患い祢津の山の湯で養生され、白鳥大明神で祈願され平癒されたと伝えられている。海野広道公は海野氏の初代で、善淵王はその海野氏の祖である滋野氏の祖である。このように、白鳥神社は、日本武尊と海野氏の祖をお祀りしているお宮である。その後、海野氏の子孫である真田氏により、篤く尊崇を受けることとなった。そして、真田家が現在長野市に編入された松代へと移封され、松代真田家初代藩主となった真田信之公白鳥大明神も松代へ分社し、安政五年、海野神社と改称している。時代は移り、明治13年、郷社に列格し白鳥神社と改称し現在に至ります。御朱印は種類も多く社務所で授与頂けます。この辺りの寺社仏閣にしては珍しく、16時過ぎても御朱印が頂けるので、敢えて混む時間を避けて訪れれば、スムーズに時間のかかる直書き御朱印でも頂けると思います。最寄り駅はしなの鉄道の大屋駅で、海野宿の端から端まで散策すると丁度神社に辿り着く形になってます。
海野氏と真田氏が氏神として崇敬した神社。木曽義仲が挙兵した場所とも伝わる。
海野宿を散策中に神社があることを知り参拝させていただきました。境内にある御神木の欅と小川のそばに立っている欅はとても大きく迫力があります。パワーがいただけたように思います。
| 名前 |
白鳥神社 (信州海野宿) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0268-62-1949 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 9:30~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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海野宿の産土神で、海野氏や真田氏とも由縁のある神社。本殿は江戸時代後期のものだそうです。境内には双体道祖神や自然石の道祖神?もありました。