土師ノ里の巨大古墳、允恭天皇陵。
市野山古墳(允恭天皇陵)の特徴
允恭天皇陵として宮内庁に管理されています。
規模は全国20位と比較的大型の古墳です。
5世紀後半に築造された大きな前方後円墳です。
5世紀後半(中期末)3段築成の前方後円墳墳丘長230m(近年の測量調査では227m)前方部幅160m高さ23.3m後円部直径140m高さ22.3m後円部頂標高約45.3m国府(こう)台地北端に位置するのですが 現代に至るまで 江戸期の大和川付け替え 鉄道 道路 宅地開発等により ほとんど削平され 土師の里交差点の周辺に面影を見る程度です かつて北は旧大和川沿いの柏原市大正辺り 東は石川 南は古市駅前を東西に走るR166・白鳥通り 西はR170(外環) 南西は羽曳野丘陵と繋がっていたようです北へ なだらかに傾斜し尾根が旧170号である事から北東の濠に水が溜まりやすいのは その為です当時 水運は既に行われ大和川と石川の合流点で允恭天皇陵を見せ王権を誇示したようです劉宋の歴史が書かれた「宋書」に倭の五王(讃 珍 済 興 武)の記述が見られ(済:允恭 興:安康 武:雄略)とする可能性は高く(讃:履中 珍:反正)は有力とされています済とは公私とも すべての問題を済ませ(解決)国家を建て直した事績からだそうですこの後は 巨大さをアピールする為 あえて台地の縁辺に造られた応神陵へ行って来ます👋😃
土師ノ里駅の近くにある巨大前方後円墳。世界遺産『百舌鳥・古市古墳群-古代日本の墳墓群』構成資産の一つ。拝所は距離が離れているので少し歩く必要があります。
たまたま空撮しました。上から見るときれいな形をした古墳でした。
ほぼ濠が空な陵墓です。拝所奥に少し水があるだけで、ほとんどの濠の中は草が生え散らかしています。宮内庁により第19代 允恭天皇の御陵として指定されていますが、なんとなく違う気がしています。
ほぼ濠が空な陵墓です。拝所奥に少し水があるだけで、ほとんどの濠の中は草が生え散らかしています。宮内庁により第19代 允恭天皇の御陵として指定されていますが、なんとなく違う気がしています。
仁徳天皇の子であり雄略天皇の父である允恭(いんぎょう)天皇の陵。国道沿いに小さな駐車場があり、その脇の歩道を陵に沿って歩き、拝所に向かいます。こちらも大きな前方後円墳で周濠の面積も広いですが、水は張っていませんでした。
大きな前方後円墳ですが応神天皇皇后陵の方が大きいかも?駅前の交差点を北え向かった所に参道入り口が有ります!
モナリザより美しい。日本で19位の大きさの古墳。
允恭天皇陵。応神天皇陵も近くにあります。礼拝所は民家の間にありました。
| 名前 |
市野山古墳(允恭天皇陵) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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羽曳野市役所の駐車場に車を置き、自転車で古市古墳群を巡るルート。中規模な古墳や登れる方墳(鍋塚古墳など)をいくつか楽しんだ後、こちらの市野山古墳(允恭天皇陵)へとやってきました。古市古墳群の中で4番目に大きな超巨大前方後円墳(全長約230m)です。宮内庁管理のため中には入れませんが、なみなみと水を湛えたお濠と、青々と茂る豊かな緑のコントラストが息をのむほど美しく、格の違う厳かな空気が漂っています。近くで見ると本当に大きくて圧倒されますが、これだけ巨大だと徒歩で周るにはかなりの体力が必要です。観光用の駐車場も見当たりませんでしたが、今回は小回りの利く自転車で巡っていたため、広大な古墳の輪郭を感じながらスムーズに周回することができました。古市古墳群の偉大さを改めて実感できる、外せない大物スポットです!