持山寺跡の静寂と伝説。
持山寺跡の特徴
持山寺跡には静かな雰囲気が漂い、苔むした仏塔があります。
お墓や石室などの言い伝えが残る神秘的な場所です。
竹林が印象的な道を進むと、松平長七郎伝説の地に到達します。
武甲山登山で周回コースで下山時に訪問しました。下山道から途中道をそれて10分ほどだったか進むと出てきます。広い敷地に石碑などがあります。
持山寺跡を回って山頂へと行くコースを、選びました。そこまでの道のりが急坂でしんどかったです。道も分かりにくかった。マップでは持山寺跡からシラジクボまで行けるみたいでしたが、その先が通行止めになってました。ただ、分岐点の看板から200メートルでやや平坦なのですぐ行けます。開けた場所にポツンとお墓があります。そこまで立派なものではないが、神秘的でした。なにかを引き付けるオーラみたいなのがあります。説明ではある伝説が言い伝えられています。
今は苔むした仏塔と看板が立つのみで、何も残っていない。生川から武甲山山頂までのルート上にある。このルートは、メインルートと比べるとハイカーの姿は少ないが、荒れてはおらず、しっかりと整備されており、歩きやすい。
お寺の跡地自体には見どころは少ないです分岐点から寺跡へ向かう途中の斜面に、言い伝えで亡くなった方のものと言われているお墓があります。地元の方曰く「寺跡じゃない。見どころのメインはお墓だよ」だそうです。10分もかからない寄り道です。折角こちら側に来たのなら覗いてみてはいかがでしょうか。
こんな物静かな場所にお寺があったんだね。
この場所だけ平地になっている。ここにお寺があって、どのような生活をされていたのか? 寺跡まではハイキングルートから片道5分くらいです。道標がありますが、この先に一般登山道はありません。
持山寺跡地付近に石室がありました…この石室から、白い小鳥が出てきたそうです…そして、この場所から林道を下った右カーブの先に車が落ちておりビックリ!
先日横瀬町の松平長七郎伝説がある持山寺跡地に行ってきました。松平長七郎が3代将軍家光に追われ最後にこもって亡くなったと言う石室があります、小さい室ですが、室の前に立つと自然と頭が下がりました。近くには持山寺跡地、観音堂跡地、観音堂脇の滝があります。また1603年から1655年まで横瀬村、山田村、三沢村、など無検知の時代がありました。理由はわかりませんが徳川政権が出来たばかりであり山奥まで検知する時間がなかったのかも?
武甲山ついでに寄りましたが、特に見所は無いです。
| 名前 |
持山寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
横瀬町指定史跡で、シラジクボから20分ほど細い道を下ると鳥居との分岐になり、そこから道を分けて危険はないけれど怪しげな道を5分ほど進むと林の中にあります。徳川家光の弟の子が小庵を建てて過ごした場所だそうです。現在は宝篋印塔があるのでそこだと分かります。分岐からここまでの道はちゃんと踏み跡が明瞭ですが、そこから先へは進めません。周辺には池跡や滝があるらしいのですが、見渡したけれど確認できませんでした。