小谷川沿いの護因神社、歴史の息吹を感じて。
奥護因社の特徴
非常にわかりにくい場所に位置している神社です。
丸太橋を渡る小谷川沿いに佇んでいます。
平安時代中期の僧、護因を祀っている貴重な神社です。
東本宮の奥をすすみ、丸太橋を渡る小谷川沿いにあります。
平安時代中期の僧、護因を祀った神社です。護因は元々比叡山延暦寺の僧でしたが、のちに日吉大社に仕えました。鎌倉時代の縁起書「耀天記」には次のように記されています。平安時代時代中期、後冷泉天皇の皇太弟でいらした、のちの後三条天皇は、皇太弟時代が長くあらせられました。自分は皇位につけないのではないか、と思い悩まれた末、御願書を日吉大社にお届けになりました。法力を授かった護因が西本宮に取り次いだところ、まもなく、後三条天皇として即位されました。お慶びになった後三条天皇は、感謝の意を表すため、天皇として初めて日吉大社に御幸になりました。以後、代々の天皇は日吉大社に御幸されることになったそうです。現在の奥護因社の社殿は平成20年、地元の篤志家の方々によって再建されました。まだヒノキの香りが漂います。鳥居は平安造形大学の学生さんたちが卒業制作で作られたものだとか。東本宮から5分ほど歩いたところにあります。東本宮横から比叡山横川に登る参道、右にそれて小川を渡ります。小川にかかっているのは文字通りの丸太橋。怖い方は小川に降りて渡りましょう。
名前 |
奥護因社 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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とくに案内板があるわけでなし、非常にわかりにくい場所にあります。しかし護因法師が強い霊力を持っていたためか、熱心な信者さんがいらっしゃるようです。私が参拝したときには、小さな社殿には2箱の献酒がお供えしてありました。今でもお願い事をよくきいてくださるのでしょう。