物部守屋神社でパワー充填。
守屋神社の特徴
清潔感が漂う小さな神社で、管理が行き届いています。
物部守屋神社は長い歴史を感じる、独特の雰囲気が魅力です。
ルート152沿いの神社で、通り掛かりに立ち寄るには最適な場所です。
長野県守屋神社の由来は、物部守屋という人物と深い関わりがあります。守屋は飛鳥時代の豪族で、蘇我氏との戦いに敗れてこの地に逃れてきたと伝えられています。その後、彼の霊を祀るために守屋山に神社が祀られたのが始まりとされています。守屋山は、その名前が由来となり、地元の人々からは、守護の山として信仰されています。詳細⦿物部守屋587年に蘇我馬子との戦いに敗れた物部守屋は諏訪の地に逃れてきたと伝えられています。⦿守屋山物部守屋の霊を祀る山として地元では、『守屋山』と呼ばれるようになりました。⦿守屋神社守屋山の山頂付近には、奥宮、麓には里宮があり、これらを総称して守屋神社と呼んでいます。⦿信仰守屋山は地元の人々にとって守護の山として信仰の対象となっています。⦿名前の由来『守屋』という名前は『住民を護る』という意味を持つとされ、守屋山、守屋神社に繋がっています。
諏訪上社の御神体といわれる守屋山、神長守矢氏、モレヤの神、物部守屋の次男の墓と言われる古墳。諏訪上社周辺でその名を呼ばれることの多い『モリヤ』の名だが、ここ守屋神社には御柱がありません。どんな小さな社にも御柱を立てずに居られない諏訪の人々が、なぜでしょうか。守屋山山頂の奥宮にも御柱はなく、おそらくこの守屋神社は山頂の奥宮に対応した里宮と思われます。拝殿の奥側には神様のお使いになる扉が付いていますが、こちらの透かし模様も梶の紋様ではありません。
家内が「呼ばれた気がするから…戻って」と言われUターンして参拝しました。少し小さめだが石の鳥居には「物部」の文字が…これはもしや⁈長く左右に張り出すしめ縄も趣きがあり、苔むした石段は清正と保たれています。細くて真っ直ぐ伸びた参道が馨しく一段一段踏み締めるように拝殿に近づくと鳥居前のものとはまた違う引き締まった表情の狛犬さまが出迎えます。余裕があれば拝殿裏から更に階を登って正面の社へ行ってみたら?※更に上は一体何が…?
下にある狛犬の台座には、昭和二十一年と書かれている。推察だが、昭和二十一年奉納の狛犬は拝殿前のものではないだろうか。新しく作り据え、今まで鳥居前を守っていた狛犬を拝殿前に移動したと考える方がしっくり来る新しさだ。ひっそりとした山の中にあり、静謐が漂う。厳かで、しゃんとした気持ちにさせられる。山王と書かれた燈篭があり、この辺りの土地神または氏神であると共に山の神も祀っているのかもしれない。
北沢房子氏の『諏訪の神様が気になるの』という本に守屋神社の記載があって、それこそ気になって1年前に初めて訪れました。今日は2回目。鳥居の神額には「物部守屋神社」と記されています。守矢氏は諏訪大社上社の祭祀においてミシャグジを祀ることができる唯一の祭祀者ですが、守矢氏の系譜に関する古文書を読み解いたところ、蘇我馬子に滅ぼされた物部守屋の次男が諏訪に落ち延びて守矢氏に迎えられたという記述があったとのこと、『諏訪の神様が気になるの』という本の中にありました。ホントに??というお話ですが、実際に鳥居の神額に「物部守屋神社」とあるのを見ると、そうかも、と思えます。
ひっそりとしていますが、とても居心地の良い神社でした。鳥居の前に手水舎がありますが、ペットボトルに入れたところ不純物があったので、横を流れる沢からの水を引いているかと思います。綺麗な沢水だと思いますが、口に含むのはやめた方が良さそうです。鳥居から傾斜が続き、30段ほどの階段を登ります。常時灯っているであろう石燈篭と相まって幻想的な拝殿です。こちらには神職の方はいらっしゃいませんし、お守りなども売っていませんが、どうやら御朱印は別の場所でいただける様です。拝殿横を通り後ろの階段を登るとご本殿があります。また、獣道なので滑りやすいのですがご本殿上には石の祠があります。苔むし、文字も見辛いのでどういった役割かわかりませんが、旧本殿?物部氏、守屋氏、の墓所?なのでしょうか?
2023.8月バイクで諏訪から群馬方面へ数日間ツーリングしました。まず、守屋神社にお参りに行きました。人気もなく厳かな気分になりました。諏訪大社の写真等も後々UPしてゆきます。
寂れた感じですが雰囲気はあります。目の前の道路はスピードを出す車が多いため注意が必要です。専用の駐車場はなさそうですが、バス停留所のスペースが広いため停められそうでした。
2023/2/1物部守屋神社です。あまりの強風で木々がぶつかり擦れ合う不気味な音を聞きながら参拝をさせて頂きました。そうした環境もありかなりの畏怖を感じた厳かな神社です。構造は守屋山に向かい(少なくとも)三段になっており、下から大きな拝殿、その裏から延びる急階段の先に木で囲われたメインの祠とその周囲には小さな石塔や祠郡が、そしてその裏の急斜面(本日は積雪の為登る事が出来ませんでしたが)の上20m程の場所に本殿(私見)と思われる石?の祠があります。お祀りされているのは古代よりの諏訪の神様である守屋氏(神)であると思われます。守屋氏は、ニニギノミコトに国譲りをした出雲大社の神様大国主命の息子のタケミナカタ神に諏訪の地を譲り、後にナンバー2(私見)である神長官として諏訪大社の祭祀を取り仕切りました。奇祭とも言われる諏訪大社の祭祀は守屋神の影響が色濃く残っています。また、守屋氏はユダヤの失われた10氏族の一つで、諏訪まで落ち延びてきたと言う説もあり、実際に諏訪大社上社前宮で行われる御頭祭の儀式は旧約聖書創世記22章に見られる「イサクの犠牲」と瓜二つです。これはレンブラントの絵画にもなっている重要な場面です。「イサクの犠牲」の舞台はエルサレムにある「モリヤの山」。諏訪大社上社前宮の奥にはこちらの神社があるもりや山がそびえます。タケミナカタは諏訪の地の氏族である諏訪氏の始祖となり、その奥様のヤサカトメの姫と共に諏訪大社の御祭神として祀られています。駐車スペースは神社から約30m伊那側の通行止めの橋の入口にあります。駐車スペースから一番上の祠迄の様子を順を追い写真を添付致します。トイレは無し。奥宮のある守屋山東峰山頂付近迄の道はあるようですが、その標高差からかなりの時間と体力が必要と思われます。もし奥宮迄行きたい場合は杖突峠からの登山道(駐車場あり)を利用されるのが良いと思います。こちらもまさに登山となってしまいますが、登山家向けの参考タイムは登り片道で1時間38分、守屋山最高地点の西峰迄はさらに同25分となります。それでは皆様良いご参拝を!
| 名前 |
守屋神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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物部守屋を祀る神社。訪問した日は10月中旬の霧雨の降る夕方。辺りはすでに薄暗くなっていましたが、鳥居の向こうに見える本殿の明かりが神秘的すぎたので、思い切って訪問してみました。鳥居をくぐりすぐ左にある手水舎で清め、本殿までの石段を登り始めましたが、その薄暗さと神秘的な空間、そして重い空気感に押しつぶされそうで、やはり時を間違えたかと思いながらの参拝でした。物部守屋は軍事の神様で、「もののべ」は「もののふ」であり、「武士」と書いてもののふと呼ぶ語源が物部です。物部一族は軍事を司っていましたが、その物部を支配下においていたのは大臣の武内宿禰。諏訪大社との関係も調べてみましたが、武御雷に建御名方と物部との年代は開きがあるので、守屋神社と諏訪大社や洩矢神社どの関連はなさそうです。