三島大社の裏手で、穢れを祓う浦島さん。
祓所神社の特徴
祓所神社は浦島神社として地元で親しまれています。
参拝前に訪れると祓い清められると信じられています。
池にいるコイが人馴れしていて、遊ぶことができます。
ずいぶん昔、うらしまさん、と親しんだ。小さなお祭りもあったのだが。
三島大社の左手にあります。ひっそりとして暗いところお姫様をお祭りしてるのでもう少し華やかにとも思いました。
三嶋大社参拝の際、祓ったことが由来の神社です。周囲の小さい池にはニシキゴイがいます。時折カルガモがやって来ます。
格式は低いかも知れませんが、三嶋大社にとっては大変重要な役割をはたしついる社です、話は少しそれますが出雲大社には「祓所社」2ヶ所有ります。お参りするにあたり、禍こと·罪·汚れをこちらにて祓い取るという役目があり、四柱を祀っています。三嶋大社の「茅の輪」は祓所神社の氏子たちが編んでいます。
❸【参考 治承4年8月27日 北豆小誌 大正1年】大社の西、境内に接して、小祠あり。祓所神社という。これ住昔、大祓執行の遺跡であるといわれている。この付近を今祓所と称する。治承4年8月27日の夜、頼朝の臣、加藤光員兄妹、石橋山の合戦に敗れて伊豆国府祓土について、現地の人に怪しまれたという記事が東鑑にある。❷【参考 祓土 日本伝説叢書 大正8年】三島神社の西、境内に接した小祠を 祓所神社 と言っているが、今にこの付近を 祓土 と称えている。これは「東鑑」に「伊豆國府。抜出(祓土)之處。」と記載されていて、この祓土の地であろうといわれている。「増訂豆洲志稿」には「この地、むかし三島神社大祓執行の遺跡であるといわれている」と記載されている。❶【参考 治承4年8月27日 東鑑】治承四年(1180年)八月小廿七日丁未。~省略~加藤五景員并子息光員。景廉等。去廿四日以後。三ケ日之間。在筥根深山。各粮絶魂疲。心神惘然。就中景員衰老之間。行歩進退谷也。于時訓兩息云。吾齢老矣。縱雖開愁眉。不可有延命之計。汝等以壯年之身。徒莫殞命。弃置吾於此山。可奉尋源家者。然間。光員等周章雖斷膓。送老父於走湯山。兄弟赴甲斐國。今夜亥刻。到着于伊豆國府。抜出之處。土人等怪之。追奔之間。光員。景廉共以分散。互不知行方云々。
(/ ・ω・)/[令和]四年 9月17日ようこそ三島へ!せせらぎの街をぶらりさわやかウォーキング!!「はらえどじんじゃ」。通称「浦島さん」。境内西方、桜川が流れ込む池中の島に鎮座する。当社は国司によってこの地に奉斎され、国司の大社参拝の際は必ず当地で祓いを行なったという。
浦島神社とも呼ばれているらしい。雰囲気がいい神社。
池にいるコイが人馴れしていて、エサをあげたくなる。
三嶋大社の横にあります。
| 名前 |
祓所神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
055-975-0172 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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三嶋大社に参拝する前にはこちらで禍事,罪,穢を払って頂いてから参りますそんなと或る日,小さな境内に先客が…鵜?可愛い…😍初めて見ましたたまに居るのかなぁ?何度となく参拝しているけど鵜に逢ったのは初めてで何だか有難い気持ち ☺濡れた体を乾かしていたのかな可愛い♥