松川入での思い出を胸に。
御影工業高校遭難之地の特徴
昭和44年8月4日に起きた悲劇を忘れないための記念公園です。
神戸市立御影工業高校の山岳部にまつわる歴史がここにあります。
地元の松川入に訪れ、記憶を継承する場所として大切にされています。
昭和44年8月4日、神戸市立御影工業高校山岳部総勢7名(教諭2名、生徒5名)は中央アルプスを松川入から入山し西駒ヶ岳までを縦走するため、飯田に来て飯田駅から約13km松川を遡った松川入(昭和41年集団移住)の蜂の巣小屋に泊まりました。折りしも台風が接近し飯田地方は風雨強く、安平路山に降った豪雨により鉄砲水が発生。就寝中に小屋もろとも山津波が襲いました。延べ1千人余の消防団員らが下流を捜索しましたが、二人の遺体が発見されただけでした。
神戸ナンバーのバイクのが置いてきぼりです。
名前 |
御影工業高校遭難之地 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.4 |
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亡くなられた方、ご家族の悲しみを忘れないために。災害当時の一消防団員の想いも。