歴史を感じる秩父大神社。
秩父大神社の特徴
立派な神楽殿でお神楽を体験できる神社です。
法性寺の近くに位置し、静かなたたずまいが魅力です。
昭和三十四年指定の有形文化財、聖天宮が存在しています。
秩父に行ったらマストな場所。傘鉾が公開されてました。御朱印もしてもらえます。
秩父に行ったらマストな場所。傘鉾が公開されてました。御朱印もしてもらえます。
鳥居の手前?に車を停められるスペースあり。
2026.12.6バイクツーリングで立ち寄りました。景色が最高。
再建してから200年以上の歴史のある神社大切にして欲しいです。
最寄り駅 西武秩父駅より西武バスで松井田(40分程)より徒歩40〜50分拝観料は無料祭神 歓喜天神社にある小鹿野町の看板では元々札所32番の法性寺の近くに歓喜天(聖天)を祀った(創立は不明)のが起こりで明治の神仏分離令により現在地で秩父大神社となったとの事です。突然現れる神社で祭神は珍しい歓喜天埼玉では熊谷にも妻沼聖天がありますが日本の中では余り無いので珍しいですね。神楽殿等もあり立派な境内ですが元の場所から移設された感はありますね。境内の端にも祠がありますが記載がなく何が祀られているかはわかりませんでした。
立派な神楽殿なので お神楽を堪能したいです。
神社の近くの看板には熊出没注意の看板がありびびりました。
法性寺の手前にある神社で、前は聖天社で明治時代に秩父大神社になったと説明板にありました。神社の本殿は拝殿のなかに彫刻がすばらしい小さな社屋があります。
| 名前 |
秩父大神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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法性寺へお参りに行くとき、広い境内と立派なお社が気になり、帰りに立ち寄りました。特に駐車場の表示はなかったのですが、鳥居横の空きスペースに駐車しました。広い境内の真ん中に立派な鳥居が立っています。笠木と島木が緩やかに反っているので明神鳥居のようですが、本柱の前後に控え柱を設け、貫で本柱と連結しているので、両部鳥居といったほうがよいのかもしれません。あまり見かけることのない由緒のありそうな鳥居です。「秩父大神」の扁額が掲げられていました。鳥居をくぐると、正面に本殿、右手に神楽殿があります。本殿と神楽殿の間には注連縄がされた大木が聳え立っています。いかにも神様が宿っていそうで、手を合わせたくなります。本殿は、真新しくて建て直されたばかりのように見えます。境内にあった由緒書によれば、「竟政八年(一七九六年) の再建」となっていて、「欅材の入母屋造、柿葺きで四面に千鳥破風と唐破風が付き」と書かれています。しかし、現在のお社は、切妻造で、庇が長い流造のように見え、千鳥破風や唐破風もないですね。由緒書の内容が古いのでしょうか。お社には2本の鈴緒がさげられていました。元々、歓喜天が祭られ、のちに秩父神社の祭神を勧請したと書かれていたので、2柱の神様がいらっしゃるということで2本なのでしょうか。せっかくなので両方の本坪鈴を鳴らしてお参りしました。お隣の神楽殿は歴史がありそうです。 聖天神楽は昭和五十四年に無形民俗文化財に指定され、伝承されているそうです。神楽は、毎年四月第二日曜の祭礼に神楽殿で奉奏されるとのことで、つい1ヶ月前だったのですね。惜しいことをしました。実際に神楽を舞うのを見たことがないので、機会があれば来てみたいです。下記は、境内にあった由緒書の内容です。小鹿野町文化財案内一、聖天宮(秩父大神社本殿)昭和三十四年八月二十四日指定有形文化財[建造物]聖天様と親しまれるこの神社は創立時期は明らかでないが、法性寺(札所三十二番)の近くに歓喜天(聖天)を祭ったのが起源と伝えられ、もと「聖天社」と称した。神仏分離後、秩父神社の祭神(八意思兼命·知知夫彦命)を勧請し「秩父大神社」と改称された。現存する棟札には「奉再建聖天宮、竟政八年三月吉日、願主坂本善右衛門、大工井坂近江守上州群馬郷上小鳥村、神主神田山城守」とあり、竟政八年(一七九六年) の再建と記されている。桁行一·六m、梁間一·三mで奥行一·三mの向拝が付く。欅材の入母屋造、柿葺きで四面に千鳥破風と唐破風が付き、柱、軒回りなどに精巧な彫刻と彩色が施され、装飾的な社殿建築である。一、聖天神楽 昭和五十四年二月二十一日指定無形民俗文化財毎年四月第二日曜の祭礼に神楽殿で奉奏される神楽は、明治十四年頃、横瀬町根古屋の神楽(武甲山御嶽神社里宮神楽)の神楽師から伝授された。神楽の曲目は、奉幣、翁ほか十五座が伝えられ、楽は笛、大太鼓、小太鼓、鼓からなる。昭和五十四年四月に保存会が組織され、伝承されている。令和七年三月三十一日小鹿野町教育委員会。