桜咲く治田神社の特別な雰囲気。
治田神社 下の宮の特徴
治田神社は天皇家との深い所縁がある立派な神社です。
治田公園近くに位置し、ひっそりとした趣きが楽しめます。
御朱印は社頭に書き置きがあり、静かに訪れることができます。
延喜式内社治田神社(はるたじんじゃ)「下社」古く中世紀には更級治田庄(現千曲市稲荷山)と呼ばれ、江戸初期には善光寺街道が整備され発展した稲荷山宿の産神として親しまれ、近隣各町の氏子衆により大切に管理されている。江戸時代中期1790年に建立された本殿は「真東」を向いており、春、秋の彼岸中日の前後には、太陽が鳥居正面より昇り、境内に接する池の水面に反射した光が本殿の鏡を照らし二つの太陽が現れることでも知られている。南西約1㎞離れた同市桑原に上の宮「上社」がある。長野県北部には珍しく、境内には北野天満宮が祀られており、学業成就を願う学生が後をたたない。拝殿傍にある大けやきの樹皮の紋様がは「象」「河童」「大蛇」に見える。【御祭神】治田大神(はるたのおかみ)事代主神(ことしろぬしのかみ)倉稲魂神(うかのみたまのかみ)【由緒縁起】以下、長野県神社庁HPより💁♀️創立年月日不詳であるが白鳳5年再建、寿永2年及び永亨8年兵火により焼失宝徳3年再建の旨口碑により伝えられる。延喜式神明帳に記帳の當社であって、治田庄更科郷の総社と称し(宝徳3年調製小机ノ裏二八箇村総社の明文存ス)、当町の産土神である。天文年間武田信玄当国へ出兵の時戦争のちまたに接するので放火のある事を恐れ、かつて信玄の崇敬する諏訪神社を合殿に祭る。事代主命が当社に合祀されているので諏訪明神と假に称し兵火の苦しみを免れた。爾来治田神社諏訪明神と称しまた當郡桑原村(元和年中本村を裂テ桑原村ヲ置ク)の諏訪社と一郷中(中古桑原左近地頭タリシ頃桑原郷ト改)に向かい合っているので上下諏訪明神と称し、当社を下の宮とした。ところが土地の習わしで諏訪明神と單に称し■称は殆ど唱えられなくなったので、天明2年3月吉田家へ願い両社上下治田神社の神宣を受けた。領主代々崇敬の社であって、歳の始めの飾り松の奉納が式列であったが明治4年上田藩廃廳になって終わった。明治33年6月縣社に列す。【境内構造物】拝殿本殿二之鳥居手水舎社務所摂社末社:北野天満宮、津島宮治田町(高市社、養蠶社、伊勢社)上八日町(高井社、三峯社、秋葉社)本八日町(高市社)中町(高市社、三峯社)大けやき。
治田(はるた)神社下宮。境内の掲示板で諏訪神社の祭神を勧請した経緯など、興味深い歴史を知ることができました。
池のほとりでいい雰囲気でした。36年に一度の金運飛躍年だそうで金運向上の御朱印頂いて来ました。
優しい日差しの木々に囲まれて、神社の言われの看板をさらさら読めました。🚏🚌が近くにある事も便利です。緑色の6番の大田原行きが(屋代駅)と大田原地区を200円で往復しています。
治田公園には、よく行っていたのにここは、初めて行きました☀️特別な雰囲気があります💞縁結びの御神木がありました❤
家から一番近い神社なので、毎年桜の季節には必ず訪れています。3年前までは池の周りを歩くことができなかったのですが、一昨年と去年は半分。今年は一周周ることができて、嬉しく思い、お参りしたあとに振り返ったら鳥居からの池と桜が素敵に撮れました~(*˘︶˘*).。.:*♡
雰囲気良い!ため池も良い感じです。
書き置き頂きました。
県社であり、立派な神社の割には知名度が無く、もう少し何とかならないかと心配している。
| 名前 |
治田神社 下の宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
http://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/01hokusin/07sarashina/11001.htm |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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上下二社あるのは京都の秦氏と近江の治田氏が合流したためと思われる。