金色の像とハートの茅の輪。
若宮神社の特徴
立派な建物が印象的な神社で、訪れる価値ありです。
街中に佇む小さな神社で、地域に根ざした雰囲気を感じます。
ハートの茅の輪が斬新で独特な体験ができます。
岐阜県下呂市にある、若宮八幡神社。温泉街に比べるとひっそりと佇む、小さな神社です。温泉街の看板に「ハートの茅の輪」と記されているのを見かけ、そこから約1km歩いて立ち寄りました。平日の昼間ということもあり、賑わう温泉街とは対照的に境内には誰の姿もなく。中央にぽつんと佇む、ハート型の茅の輪。たしかにハートの形をしているのですが、どこか拍子抜けするような、少し不思議な感覚。説明書きもなく、ただ静かにそこにあるだけでした。ハートをモチーフにした御朱印もあるのかと期待しましたが、この日は社務所も無人。真相はわからないまま、静かな境内を後にしました。
下呂駅からは徒歩15〜20分ぐらいでしょうか、宿泊先の「山形屋」からは近いので参拝しましたが、由緒書きが発見できず何を祀っているのかが不明ですが、大願成就/良縁安産健康とあります。ハートの所作も分からなかったので、失礼を懸念して潜るのは断念しました。お隣に末社の若宮稲荷もありました。
夜に行って神社に接近すれば中から光が照らして金色の像が入っています。
下呂温泉の観光ついでに行ってきました✨温泉街からは少し歩きますが、良いウォーキングになりました。この神社の特徴はなんと言っても、ハート型の茅輪!ここ通っても良いものなのでしょうか!?説明がなかったので、迷いましたが、潜ってきました😊平日に行ったので、私たち以外は誰もおらず。満喫できました。奥の方には、稲荷神社もありました。
❶【参考 若宮八幡神社 下呂町誌 1974年】森の八幡神社の旧地 との口碑がある。その遷宮後、更に八幡神を勧請して奉祀したものである。その年代は不詳である。元禄8年 湯ノ島村検地水帳に下記のように載っている。二十五間・二十五間 若宮八幡宮地 弐反弐拾五歩 村抱文化11年(1814年)冬 上棟式をおこなう旨、記録をのこしている。明治41年(1908年)2月 神饌幣帛料供進神社 となる明治42年(1909年)3月 近隣の7社を合祀する。[鎮座地] 湯ノ島若宮野[祭神] 仁徳天皇 応神天皇 火産霊神 秋葉大神 金刀比羅大神 オオヤマツミのカミ(山岳の守護神) ウカノミタマのミコト(農耕神・穀物の神) スサノオのミコト(暴風の神)[例祭] 4月16日[境内社] 稲荷社 祭神 ダキニテン(商売繁盛の神) 昭和15年豊川稲荷を勧請して奉祀した。[境内面積] 1082坪[境外地] 山林543坪 原野57坪❷【参考 岐阜県益田郡誌 1970年】創立不詳。口碑に今の森区八幡宮の舊地なりと。明治41年(1908年)2月 神饌幣帛料供進神社 となる明治41年(1908年)12月 神社会計規定を適用すべき神社に指定明治42年(1909年)3月 下記の7社を合祀する。明治42年(1909年)7月29日 遷座式をおこなう。①愛宕神社由来不詳②愛宕神社 及び 境内神社 ③金刀比羅神社共に由来不詳④山神神社感情の所以を尋ねるに、今をさるだいたい130余年前地震あり、後山潰裂し、人家及び温泉場埋没し、瞬時に荒原と化し人畜死傷すくなからず、その不慮の災禍に、桂川五良兵衛の1家族に限り平穏無事であった。これ、同人の山の神を敬するよりなりとし、オオヤマツミノカミ(山岳丘陵の守護神)を勧請して此處に祀り。⑤稲荷神社 ⑥疱瘡社共に由緒不詳⑦稲荷神社創立 安政5年8月 西京 伏見の里 稲荷山より ウカノミタマのミコト(農耕神・穀物の神)を勧請した。[鎮座地] 下呂村大字湯ノ島字若宮野[祭神] 仁徳天皇 応神天皇 火産霊神 秋葉大神 金刀比羅大神 オオヤマツミのカミ(山岳の守護神) ウカノミタマのミコト(農耕神・穀物の神) スサノオのミコト(暴風の神)[例祭] 4月16日[境内面積] 153坪。
スタンプラリー目的で訪れたが設置場所が少し分かりにくかった。
社務所はあるものの、人はいない感じでした。(御朱印もない模様)同敷地内にあるお稲荷は立派でした。
社務所はあるものの、人はいない感じでした。(御朱印もない模様)同敷地内にあるお稲荷は立派でした。
ちょっと静か過ぎかな…建物は立派でした。
| 名前 |
若宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
旅行の際に立ち寄りました😌早朝と言う事もあり静かで趣きのある良い神社です⛩️