白虎隊が辿った水の道。
戸ノ口堰の洞門の特徴
白虎隊が通ったと言われる歴史的な水路の一部です。
猪苗代湖から流れ出る水量豊富な自然の美しさが魅力です。
さざえ堂近くからアクセスできる便利な立地にあります。
戸ノ口堰洞穴は、福島県会津若松市・飯盛山の山腹に掘削された人工水路トンネルで、猪苗代湖から会津盆地へ水を引くために江戸時代に整備された戸ノ口堰の一部を構成します。全長約150〜170mの素掘りのトンネルで、飯盛山の地中を貫通することで水量を安定させ、会津藩の農業・生活を支える重要なインフラとして機能しました。戊辰戦争では、戸ノ口原の戦いで敗れた白虎隊中二番隊がこの洞穴を通って飯盛山へ退却したことで知られ、のちに鶴ヶ城が炎上しているのを見て落城と誤認し、自刃へと至る悲劇の舞台となりました。現在は通常時の通行はできませんが、周辺は厳島神社や飯盛山参道と一体となった歴史散策エリアとして整備され、特別公開時には内部を通る「洞門くぐり」が行われます。暗く湿った素掘りの壁面は江戸期の水路工事の技術を今に伝え、白虎隊の歴史と結びつく象徴的な土木遺構として多くの人々に記憶されています。
さざえ堂を見るついでにこちらに立ち寄りました。この洞穴が、人工的に猪苗代湖から水を引くために掘られたと聞いてびっくり。そして白虎隊がかなり早い水流の中、この洞穴を通ったと知って2度びっくり。狭所恐怖症の自分には考えられません。また気温30℃近くでも水路を流れる水温はかなり冷たく、ここを通るというのは10代の少年達にとっては決死の覚悟が必要だったのだろうと思わざるを得ません。
猪苗代湖の水を会津地方に引くため掘られた全長150メートルの洞穴。戊辰戦争の際、戸ノ口原の戦いに敗れた白虎隊士が、この洞穴をくぐり抜けて飯盛山へたどり着いた。
猪苗代湖から32キロを掘って水を引き込んだ洞穴途中中断したかはわからんが何世代もかけ200年以上の歳月を要したらしい。
猪苗代湖の水を引いている洞穴。水の勢いをうまく緩和するための工夫した造りが目を引く。
◆20250811さざえ堂よりビックリ🫨疎水です!水量豊富!白虎隊やらさざえ堂やら疎水やら情報が多すぎて面白すぎるよーヽ(\u003d´▽`\u003d)ノ💞
戸ノ口堰洞穴は、会津若松市の飯盛山にある約150メートルの洞穴で、猪苗代湖の水を会津地方に引くための用水路の一部です。戊辰戦争の際には、戸ノ口原の戦いで敗れた白虎隊士が鶴ヶ城を目指してこの洞穴を通り、飯盛山へと抜けました。現在では、歴史的な価値と水路としての役割を併せ持つ場所として知られています。
写真で見るとそんなに水が出てるように見えませんが実際に見ると結構水流が強いです白虎隊はこの水流を掻き分け洞窟を通り自刃の地まで行ったと思うとただの水が出る洞窟ではないんだなと思いました。
こんなにも水量が多く、流れもそこそこあるところを通ってきたのかぁ。
| 名前 |
戸ノ口堰の洞門 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒965-0003 福島県会津若松市一箕町大字八幡滝沢160 |
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さざえ堂の下、勢いよく水を吐き出している洞窟がある。戸ノ口堰洞門というそうだ。約30キロ離れた猪苗代湖から水が引かれていると聞いた。400年も前から何期にも分けて続けられた工事の結果、会津盆地まで水を引いた先人達の努力には敬意を表したいと思う。この場所の説明では白虎隊の退路として使われた話が有名のようだが、個人的には戦にまつわる話より、新田開発のために延々と努力されてきた先人たちの足跡をもっと知りたかった。