陸奥国式内 多賀神社で元朝詣り。
多賀神社の特徴
陸奥国式内社の論社に位置する多賀神社です。
廃寺跡の近くに鎮座し、落ち着く雰囲気を持っています。
毎年元旦に元朝詣りを楽しむ人々が訪れます。
2021/01/23参拝。宮城県多賀城市高崎1-14-13。祭神はタケミカヅチとフツヌシ。一時期所在不明になるまで廃れた後、復活された神社。復活させた皆様すごい。天照大神、クナト神、菅原道真様も配祀されてるのはどんな流れなのか。
陸奥国式内 多賀神社の論社の一つです。
キツネがいる神社です。もう10年前の話ですが、私はこの辺りで一人暮らしをしてました。スーパーへ買い物に行くときはいつもこの神社の前を通っていて、財布の中に5円玉がある時とか気まぐれでお賽銭してました。ある秋の日でしたけどいつものように神社の前を通ったら、祠の後ろの茂みからキツネがひょこっと顔を出してきました。すぐ茂みに隠れてしまいましたけど、まぁ、こんなところでキツネに会えるとは思ってもみませんでしたね。神様に見てもらえてる気がした瞬間でした。
多賀城が南北朝の争いなどで陸奥にも勢力争いがあった時は繁栄していたが、しだいに廃れてしまった。明治になって所在不明だった多賀神社が現在の地に安堵された。
多賀城市高崎に鎮座する多賀神社です。御祭神は武甕槌命、経津主命。多賀城に赴任した陸奥国司や開拓者が崇敬していた「近江国多賀大社」を遷祀したものと伝えられています。有り難く、多賀神社の御朱印を頂きました。(兼務をされている柏木神社にて拝受)
2020年1月1日今年も元朝詣りをさせて頂きました。起源は、多賀城に赴任した陸奥国司や開拓者が崇敬していた近江国多賀大社を遷祀したものと伝えられています。桜の多賀神社はとても綺麗です。多賀城廃寺跡の桜と一緒に眺めるのがお奨めです。昔は隣の多賀城廃寺跡の三重の塔跡に鎮座されていたそうです。令和2年の元旦の画像を載せました。2020年4月7日参詣しながら桜の花見させて頂きました。ほぼ満開になりました。廃寺跡から柵越しの桜も綺麗です!2023年2月11日南岸低気圧到来で多賀神社の雪景色が見れました。2023年1月14日にはどんと祭りが開催されました。大勢の参詣客には甘酒のお振る舞いが復活しました。
延喜式神名帳の陸奥国宮城郡の項に記載のある式内社の論社の一社。境内にある案内板によると、御祭神は武甕槌命と経津主命、配祀神として、天照皇大神、久那斗神、菅原道真公を祀る。鎮座地は多賀郷の中心部で、国府鎮護寺の中。社伝によると、滋賀県の多賀大社を勧請したという。朝廷の東北制圧の拠点として多賀城は繁栄していたが、その目的を達すると、多賀城は衰退し、それに伴い、式内社の多賀神社の所在も不明になり、複数の論社が存在することになった。明治40年に当社を含めた周辺が国の特別史跡に指定されて、史跡公園ができた。この公園建設に伴い、当社はもともと多賀城廃寺跡東塔基壇上に鎮座していたが、現在地に遷座、平成13年には社殿の改築をしたという。
多賀城廃寺跡の北側に鎮座する神社です。滋賀県多賀大社を遷祀したもので、奈良時代の風土記に神事が記載されているそうです。写真撮影月 令和3年1月9日。
小さな神社ですが、落ち着く雰囲気です。
| 名前 |
多賀神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
022-362-0732 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.miyagi-jinjacho.or.jp/jinja-search/detail.php?code=310020333 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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多賀神社(たがじんじゃ)。宮城県多賀城市高崎。式内社(小)、旧村社。【祭神】経津主神 武甕槌神 (配祀)天照皇大神 久那止神 菅原道真資料によると、古代に多賀城に赴任した陸奥国司や開拓民が崇敬していた近江国の多賀大社を遷祀したものが起源とされる。式内社「多賀神社」は、平安時代の延暦15年(796年)に朝廷より従五位下の神階を受けた。その後、多賀城の衰退とともに神社も衰退して所在不明となった。いずれかの時期に鹽竈神社に合祀され、そのため、現在の御祭神は経津主神・武甕槌神となっている。しかし、多賀大社の勧請であれば、伊弉諾尊と伊弉冉尊の2柱とするべきではないか、と、宮城県神社庁では指摘している。例祭は4月15日。江戸時代になると、地元では多賀城時代の寺の跡と伝え、塔跡に神明社(天照皇大神)という社を祀っていた。延享2年(1745年)の『塩竃社記』が、礎石跡を昔の大社の跡地と推定した。いつの頃かこの神明社が現社号を名乗るようになった。明治5年(1872年)9月、村社に列した。その後、留ヶ谷の神明社と天神社(菅原道真)、東田中の志引神社(久那止神)を合祀した。社殿は多賀城廃寺跡の東塔基壇上に鎮座していたが、昭和40年(1965年)に多賀城廃寺が国の特別史跡に指定されたのに伴い、現在地に遷宮した。社殿は平成13年(2001年)に改築された。なお、式内社「多賀神社」の論社は他に、市内市川の陸奥総社宮、同じく市川の多賀神社、浮島の浮島神社がある。とあります。