畑に隠れた大谷吉継思い。
大谷吉継の首塚の特徴
田畑に囲まれた静かな場所にひっそりとあります。
整理清掃を行う地元の方々が大切にしています。
訪れる人々の戦国愛が込められた寄せ書きノートがあります。
関ヶ原合戦場から西に40㌔離れた米原市郊外の田圃の中に大谷吉継の首塚がある。大谷吉継と石田三成との逸話は有名だが、小早川秀秋の裏切りに端を発した関ヶ原の戦いが1日で終わってしまい、自刃した大谷吉継の首級を家臣の三浦喜田大夫が錦の袋に包み、吉継の甥、僧・裕玄に持たせ、吉継の領地であった敦賀に向かう途中、米原のこの地に埋め隠されたとのこと。朝妻筑摩近江線から入って行くと小さな駐車場まで自動車で入って行くことができる。小さな祠の中に五輪塔が祀られており、きれいに保存されていた。義の武将、大谷刑部は地元の方から、今も敬われ、大切に祀られており、観光地でもない郊外の田圃を探して、大谷吉継のお参りに来る人々も多い。記帳ノートが置かれ、400年以上前の武将の首塚まで訪れる人の足は絶えていない。
2025.7.9大谷吉継は関ヶ原の戦いで西軍石田三成軍に付いた武将。病を患いながら輿に乗り軍を指揮するも、小早川秀秋らの離反で敗戦、家臣の湯浅五助の介錯で切腹。五助は吉継の首を隠すも敵軍藤堂高刑に見つかってしまう。五助は自らの首と引き換えに、吉継の首を秘密にして欲しいと懇願する。敵軍藤堂高刑も立派な武士、家康には秘密を守り関ヶ原に湯浅五助と合わせて墓(石塔)を建てるのです。一方、違う説も有る。吉継の家臣の三浦喜田大夫が首を袋に包み、甥の裕玄に持たせ、米原の地に埋めたとも言われている。それがこの首塚である。関ヶ原と違って田んぼの中の小さな祠のみ、松や桜の木も成長には時間が必要、そんな事で淋しさを感じるのは当然である。しかし、よく全国からこんな場所を訪れるものかと…それは大谷吉継の人間性だろう。三成との友情を貫き、不利を承知で西軍に参戦、大河ドラマでもそんな人間性が描かれていたものね😊
関ヶ原の合戦にて西軍の参謀として奮迅の働きをした大谷吉継の首塚と伝えられる石塔だそうです。大河ドラマでも欠かすことのできない武将・大谷刑部。米原出張の際にグーグルマップを見ていたらたまたま見つけ、ちょうどこの辺りを通る用事もあったので立ち寄りました。病と闘いながらも類まれな才能を発揮した大谷刑部への思いが募ります。
ちゃんと駐車場もあるし、祠もあるし、大切に守られてきた歴史を感じます。これまで研究のために発掘されたかどうかはわかりませんが、いろいろと興味が湧いたのは事実です。
関ヶ原の合戦(1600)で、西軍・石田方の参謀として奮迅の働きをした大谷吉継(1559~1600)の首塚と伝えられる石塔です。関ヶ原での小早川秀秋の裏切りによって、西軍の敗北を悟った吉継が、敵に首を渡さないよう、湯浅五助の介錯で自刃し、甥の僧・祐玄が首を錦の袋に入れて、敦賀の逃亡の途中に、この地に埋め隠したといわれています。今も地元の人々により、大切に守られ供養されています。
今も地元の方に大事にされているようで綺麗なお花や飲み物が沢山祀られていました。隣に駐車場があり車だと便利でした。バスでも来れるようで、駅から徒歩でも近いようです。豊臣の世を守りたかった石田三成、負け戦とわかった上で最後まで共に戦った大谷吉継。彼の生き様に惹かれこの地を訪れました。首塚は畑の中に静かにポツンとあり観光客は誰もいませんでした。横にノートがぶら下がっていた事に気づかず名前を書きそびれました。
畑の中にポツンとある印象です。決して迷う場所ではないです。伝承なのにキレイにされていてとても有り難かった。
以前から本や写真で知っていましたが、地元の方たちが整理清掃されているようで綺麗でした。
米原駅西口の東横インに宿泊した翌朝、散歩しようと思ってGoogleMapで見つけたので行ってみました。米原駅から徒歩でも10分ほど、田畑の真ん中にありますが道路に案内看板も出ているのでわかりやすいです。数台停められる駐車スペースもありますが、晴れてる日なら丁度良い散歩コースになりますね。以下、米原市教育委員会が設置した説明板より----------------------------------------------------------------------------------------------関ヶ原の合戦(1600)で、西軍石田方の参謀として奮迅の働きをした大谷刑部吉継(1559~1600)の首塚と伝えられています。小形の一石五輪塔で、半間四方の覆屋の祠の中にまつられています。大谷吉継は、石田三成と同じころに羽柴秀吉に召抱えられ、関ケ原合戦のときには越前国敦賀五万石の領主でした。関ヶ原での小早川秀秋の裏切りによって、西軍の敗北を悟った吉継が、敵に首を渡さないよう、湯浅五助の介錯で自刃し、甥の僧祐玄が首級を錦の袋に入れて、敦賀への逃亡の途上に、この地に埋め隠したといわれています。いまでも地元の人々によって大切に守られ、供養されています。------------------------------------------------------------------------------------------------そういえば大谷吉継って近江国(滋賀県)の生まれだよね。
| 名前 |
大谷吉継の首塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0749-53-5154 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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彦根に行くついでに立ち寄りました。横に駐車場がありました。珍しくメモ書きが置いてありました。