彦根城前で英霊に手を合わせ。
滋賀縣護國神社の特徴
彦根城近く、神聖な空気を漂わせる護国神社です。
毎年8月15日に慰霊祭を執り行い、心に響く場所です。
英霊顕彰館やリアルな兵士像があり、貴重な体験ができます。
大洞弁財天から歩いて約30分、彦根駅からは徒歩約10分の距離にあります。彦根城に行く前に立ち寄りました。神社の境内は美しく整えられており、特に本堂の内部は丁寧に手入れされていて見応えがあります。神社の周辺には「平和之碑」や戦争関連の像・慰霊碑があり、日清・日露戦争、さらには第二次世界大戦に至るまで、滋賀県出身の戦没者や戦争に関わった人々、さらに戦争で犠牲になった動物たちの霊を慰めるために建立されています。また、戦争の記憶を後世に伝え、恒久平和を願う意味も込められています。
2025年8月18日午前、2023年9月参拝彦根駅の西、彦根城の手前にある護国神社当日は彦根駅に着き自転車を借りてこちらへ彦根城の外堀?に面しており橋を渡ると鳥居があり境内へ境内は広く静かで護国の英霊様に対し感謝の祈りを捧げやしたよ手水舎の花もとても綺麗やったさあ。
訪問日:2025/9/8(月) 11:50彦根駅から彦根城まで歩いて行く途中、ここまで無事に来られたことを感謝するために訪問。静かでとても良い神社だと思います。
全国の護国神社さま巡礼。夕方5時前ぎりぎりでしたが、神職さまが親切にご対応下さりました。広い境内にはお詣りの方々も居られ、国宝彦根城の直ぐ横でもあり、大変綺麗なお宮さまです。お詣りさせて頂け、ありがっ様です。
1869年(明治2年)、彦根の大洞龍潭寺に戊辰戦争で戦死した彦根藩士26人の霊を祀る招魂碑が建てられたのが始まりである。1875年(明治8年)、元彦根藩主井伊直憲の主唱により招魂碑を神社に改造する旨の政府の通達が出され、招魂碑を現在地に移し、翌1876年(明治9年)、同地に社殿を造営・鎮座した。1939年(昭和14年)に内務大臣指定護国神社として「滋賀県護國神社」に改称した。太平洋戦争後の占領期に「沙々那美神社」と改称し、神社本庁の別表神社に加列されている。日本が主権を回復した1953年(昭和28年)10月に元の社名に復した。
彦根城の手前にあります。彦根駅からでも徒歩圏内です。お堀の中にあるような感じで参道も綺麗に整備されています。御朱印は帳面に丁寧に書いて頂きました。初穂料は500円でした。
第6回神社酒場の会場で訪れました。時間がのんびり流れる神聖な場所です。
毎年8月15日の全国戦没者追悼慰霊祭に合わせ式典が執り行われます。それに先立ち13日の夜から火が灯る約五千灯の提灯は圧巻です。
【滋賀県彦根市にある滋賀懸護国神社を参拝】彦根は現存12天守の彦根城訪問のために訪れた事があるのですが、その時に護国神社を参拝しなかったので、先月、滋賀懸護国神社を初参拝。創建は明治9年。戊辰戦争から第二次世界大戦までの滋賀県関係の戦歿者3万4千余柱を祀っています。英霊に感謝して靖国神社、日本全国各地の護国神社参拝。今年~来年にかけて海外慰霊訪問。パラオ・ペリリュー島再訪。前回いけなかったアンガウルにも。ソロモン諸島-ガダルカナル島やニューギニアのラバウルやブーゲンビル、ミクロネシアやマーシャル諸島の激戦地、フィリピン、ビルマ戦線、インパール作戦の場などを慰霊訪問していきます。※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影使用レンズはF2.8 24-70mmの広角ズームレンズ。
| 名前 |
滋賀縣護國神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0749-22-0822 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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2026/1彦根城にむかう手前にある神社でとても綺麗です。まだ正月的な飾りつけがされていていて良かったです。