多賀SAでひっそり城巡り。
敏満寺城跡の特徴
名神自動車道の多賀SA内に位置する歴史的な遺跡です。
琵琶湖を望む美しい桜の園が広がるスポットです。
12世紀から15世紀に発展した寺院の跡地をぜひ訪れてください。
サービスエリアから行ける城趾ということなんですが、ドッグランのある城趾公園っぽいところには、近江の歴史的有名人の説明板があります。どうやら、サービスエリアから歩いて出るらしいです。遺構も今イチよく分からないけど、街道を見下ろす感じの位置で、ここに砦があったことを偲ぶが大事かなと。
高速からも一般道からもアクセスできます。切岸は見応えあります。土塁もあります。
名神高速多賀SAにひっそりと遺されている。櫓台・土塁跡が確認できる。
☆全国的にも珍しい高速道路サービスエリア内にある城の跡🚙名神高速道路上り線「多賀サービスエリア」内の北側に城趾が見れます👀明確な遺構は有りませんが、郭・土塁・櫓台跡、一般道へ下る通路が空堀らしく、設置の案内板見ると城趾配置の形状が理解できます😁☆平安時代に創建された天台密教の寺院『敏満寺』、多くの堂塔を有し周囲に土塁や堀切、更に虎口を備え城塞化した寺院城郭、戦国期には僧兵を擁し周囲の京極氏や六角氏と対立し軍事拠点に、北近江の浅井長政に1562年焼き討ちされ、織田信長に従わず1572年に焼かれ終焉😓
東名高速多賀SAになった城。
多賀SA(登り)にあります。パッと見公園ですが土塁等が残ってます。
敏満寺城は、名神自動車道の多賀SA内(上り方向)にある。上り多賀SA内(前方のGS横)取り込まれた城としては全国でも極めて珍しい存在であろう。=城郭遺跡の上にSAを造成したもの。しかし、SA北のはずれにある1郭は、長軸50mほどの広さであるが、公園化され、その周囲には高さ2mほどのしっかりとした土塁が残っている。また、土塁のそれぞれ隅は、相応のスペースを伴っており、これらは櫓台であったかとも思われる。(なお、下り方向のSAからも、歩道橋を使えば渡ってくることができる。)また、天然の沢を挟んで、南側のSA施設のある部分の一段下には、石垣や井戸が存在していたという。とすると少なくとも2郭はあったということになるが、その部分はSAとなって消滅してしまっているので、全体構造がどのようなものであったのかは、現在ではうかがい知ることはできない。12~15世紀当時は、比叡山をも凌ぐと言われた大きな寺院。その勢力ゆえに戦国時代に浅井氏・信長に攻められ寺坊は、焼討ちに合い。その後も再建されることなくSAの敷地とし現在に至っている。敏満寺は天台宗の寺院であったという。つまりこの城は、地元の豪族(六角氏や浅井氏)に対抗するために寺院そのものが要塞化したものであったらしい。永禄5年(1562)には浅井氏に反抗したため、坊舎のほとんどを焼かれ、さらに元亀3年(1573)には信長に反抗したために、残りの建物もすべて焼かれてしまったという。天台宗の寺院であってか、たびたび時の支配者に対して自立性を強調していたことが、反抗と見られる。独自の立場を維持するというのはとても難しいことである。敏満寺はそのために支配者からたびたび攻撃されて、結局は打ち壊されてしまうことになったのであろう。朝廷の帰依も得て堂舎が整備され、南北朝、室町時代にはいってからは幕府の保護を受けていたが、しだいに近江守護佐々木氏との対立が激化し、たびたび兵火に遭っている。このころには比叡山延暦寺の末寺となって守護大名に対抗していた。戦国時代には、京極氏に背いて六角氏と通じた久徳実時を攻めた浅井長政は、これに味方した敏満寺を攻め、坊舎はことごとく灰燼と帰した。再建途中にあった敏満寺は、織田信長に焼き払われ、寺領を取り上げられると、衰退の一途をたどり、ついに再建されることはなかった。敏満寺の概略は以上のようであるが、文献資料が少なく謎が多い敏満寺は発掘調査によってその様相が明らかになりつつある。昭和61年(1986)の発掘調査では、台地上の西端に虎口を有する土塁、堀に囲まれた防御施設が発見され、浅井あるいは信長に対抗するために築かれたと考えられている。平成6~12年(1994~2000)の発掘調査(3)では台地上の北東側に溝で区画された建物群や埋甕施設が発見され、敏満寺を中心として都市的な空間が広がっていたと考えられるようになった。園部一帯は、昭和61年5月〜昭和62年3月まで発掘調査が行なわれ、調査の結果、十五世紀末から十六世紀末にかけての遺跡であり、高く盛られた土塁、深く掘られた空堀から、要塞化した寺院遺構と考えられ、櫓、建物、門、井戸等の跡及び土器類も出土しています。参考資料:主に多賀町「敏満寺城遺跡」・ 現地案内板を編集ほか。
サービスエリア内で満面の笑みを浮かべてアメリカンドッグに齧り付いてたデヴは私だ。
12世紀から15世紀にこの場所に、比叡山を凌ぐような寺院が発展していたそうです。
| 名前 |
敏満寺城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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敏満寺城跡 滋賀県犬上郡多賀町冬の滋賀県あるあるで、大津まではぜんぜん雪積もってないのに、米原に近づくに連れ、雪が積もっていく。【長浜市から北は北陸と同じような気候のイメージ】久しぶりに多賀SA上りに来たので、敏満寺城跡に。【新名神が伸びてからは、あまり通らなくなった】中世寺院を戦国期に城郭にしたパターンの城跡です。この冬初の積雪歩きにテンション上がっていたのは、オジサンだけではなく、徳島文理中学校の生徒たちもハイテンションでした。