朱塗り楼門の美しさ、三井寺の隣。
長等神社の特徴
三井寺のふもとに位置し、朱塗りの楼門が印象的な神社です。
狭い境内で感じる独特の緊張感が参拝者を魅了します。
春の枝垂れ桜と秋の紅葉が美しい、歴史ある神社です。
2026.04.08数年前に樹齢約200年といわれた圧巻の紅しだれ桜があったんですが枯れてしまったようです。現在は若木に植え替えられ、美しい花を咲かせています。天智天皇が大津京鎮護として、須佐之男命を長等山に祀られたのが創建。669年日吉山王神を勧請した園城寺の守護神となりました。1905年竣工の鮮やかな朱色の楼門は市指定文化財。また境内奥の馬神神社は「馬の神社」として有名です。
今年令和八年は午年。馬に因んだ神社を調べてこの日参拝させて頂きました😀。私自身も午年の還暦になります。長等は「ながら」と読みます。三井寺の山号も「長等山」です。三井寺の鎮守だったのでしょう。本殿を周回する回廊が有ります。籤棒を歳の数だけ持って巡礼するのだそうですが高齢者は10年で1本でも良いとされています。8歳の愛犬を抱っこして間を取って7周しました。境内社として「大津馬神神社」が鎮座しています。競馬の勝ち馬祈願をされる参拝者が多いのだそうです。絵馬のお馬さんがかわいい🥰。さぞかし今年は参拝者が増えた事だろうと、ご朱印を頂きたく際にお聞きしたところ、息子さんがSNSに「馬神神社」を挙げたことも有って、お正月三が日はとんでもなく混だそうです。この日も参拝者は絶え間なく訪れていました。けっして大きな神社ではありませんが楽しいリクレーション有りの家族経営で家内安全のご利益間違いなしの有難い神社です。ありがとうございます。
午年なので参拝させて頂きましたら龍蛇綱打祭の、わら蛇様という可愛い厄除けに出会いました。
大津市にある神社。近くに三井寺や琵琶湖疏水もあり、散策を楽しめます。神社の敷地はコンパクトでしたが、古来から鎮座している神社だけあり厳かな雰囲気を感じられます。敷地内には平清盛の異母弟の平忠度の歌碑があり、歴史好きな方にもおすすめのスポットです。
三井寺の観音堂の急階段を降りてきたところに御鎮座されている建速須佐之男大神(他四柱)がご祭神の神社です。本殿を囲むように回廊が延びているのが特徴です。
午年の2026年に訪問しました。馬神神社があり、お守りも御籤も馬にまつわるものでいっぱいでした。大きな神社ではありませんが、稲荷社もあったり、須佐之男命がお祀りされている由緒正しい神社です。ありがとうございました。
長等神社(ながらじんじゃ)位於三井寺旁邊,為三井寺的鎮守社,有約1300年歷史。667年左右,天智天皇遷都近江大津宮時,為鎮護都城而在長等山立社祭祀須佐之男命(すさのおのみこと),860年,三井寺的開祖智證大師使其成為三井寺的鎮守社。
駐車場が無いので北側に止めました。来年おすすめ神社と言う事で早めに12月に参拝しました。神社前の道路は生活道路で往来があるので注意が、必要です。土日は御朱印の受付があるみたいです。閑静な神社です。
三井寺の南の参道を下りて参拝しました。大きくはありませんが階段等も少なく参拝しやすい神社です。
| 名前 |
長等神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
077-522-4411 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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写真の撮影日時は2026.06.04(木)08:58~09:27, 09:54~09:55。何故、09:27 から 09:54 に時間差があるのか?だが、理由は簡単(わたし自身にとっては)で、当神社の手水にいた龍に手持ちの数珠を掛けて手を清めたが、その数珠を龍の牙に掛けたのを忘れて社外に出たからである。また、昨日(2026.06.04木曜)は京阪電鉄錦~(浜大津で京津線に乗り換え)~上栄町~(長等を歩いて)~上栄町~大親友宅に帰ったが、所要時間約 5 時間 30 分、総歩数 11,312 歩、撮影した写真は 125 枚だった。以下に長等神社の基本データについて記す。参考として Wikipedia の長等神社、御祭神について、平忠度 タイラノタダノリ など。また、十干十二支、年号と西暦を照らし合わせるために『仏教史年表』(京都市下京区・法蔵館書店刊行)など。すべて敬称略。また、こちらの神社の脇に園城寺へ通じる石段、また、園城寺の道標、地図の掲示板などがあるので併せて掲載する。最寄り駅は京阪電鉄(石山坂本線)三井寺駅、(京津線)上栄町駅など。合掌長等神社…主祭神・建速須佐之男大神 タケハヤスサノオノミコト(海神、嵐神、農耕神)、大山 クイノ(漢字は口へんに“昨”の右側)大神(須佐之男命の孫神)、市杵島姫大神(水の神、宗像三女神の一)、宇佐若宮下照姫 ウサワカミヤシタテルヒメ (雷神)、八幡大神(神仏習合して八幡大菩薩)社格等・旧縣社(曾ては長等山園城寺(三井寺)の鎮守社)創建年・(伝)天智天皇6丁卯歳(667)※この年の03月、天智天皇、近江大津宮に遷都し、このとき長等山の谷に祭神(上記の五神)を祀ると伝う(長等神社伝来の史料等)元の名称・“新”日吉社、新宮社※貞観2(860)庚辰歳02月、前年に園城寺初代長 リ(漢字は“使”のにんべんを取ったもの)に就任した智証*(旧漢字)大師圓珍が園城寺の鎮守として元々の御祭神五神に山王権現を合祀して社名を延暦寺の鎮守社・日吉大社に対して新日吉社とした。実際の創建年及び創建者・天喜2(1054)甲午歳、園城寺・明尊大僧正が、広く多くの人々に御利益を授けるため、長等山上から現在地に移遷。再建(一例)・宇都宮頼綱(鎌倉幕府の命により)、室町幕府初代征夷大将軍足利尊氏など。〈以下略〉文化財等・楼門摂末社・馬神神社、両御前神社、栄稲荷神社、末春稲荷神社、権平稲荷神社、駒竹稲荷神社、笠森神社例祭・05.05(長等神社大祭)、09.17(馬神神社)平忠度の歌碑・さざなみや 志賀の都は 荒れにしを むかしながらの 山桜かな(『千載和歌集』詠み人しらずとして)〈合掌〉