西園寺公望ゆかりの寺。
西園寺の特徴
明治・大正の元老、西園寺公望所縁の寺院です。
鎌倉時代の有力公家、藤原公経が建立した堂宇です。
寺町通り沿いに位置する、歴史ある浄土宗のお寺です。
2023年4月9日に参拝しました。寺町通り沿いに在り、境内は広くはないが、お庭の手入れが行き届いた由緒ある寺院。鎌倉時代の有力な公家であった藤原公経(西園寺公経) が衣笠山の麓に「西園寺」を創建したが、室町時代に足利義満が北山第 (現在の金閣寺)の造営を行ったことから上京区竹園町に移り、安土桃山時代に豊臣秀吉の都市整備に伴い現在地に移っています。西園寺家の菩提寺になっており、本堂正面の寺号扁額は、西園寺公望筆によるものです。
宝樹山竹林院(ほうじゅざんちくりんいん)と号する浄土宗の寺。元仁元年(1224)、藤原公経(きんつね)が、衣笠山の麓に、山を背にして苑池を造り、その池畔に、本堂、寝殿など壮麗な堂宇を建て、西園寺と称した。以来この寺名が子孫の家名となり、当寺も西園寺の北山山荘として子孫が領有。足利義満が、北山殿(金閣寺)を営むに当ってその地を所望したことから、室町(上京区)に移り、さらに天正18年(1590)この地に移転。現在の本堂は、天明の大火(1788)後の再建で、正面には、明治・大正・昭和の三時代に亘って政界で活躍した西園寺公望の筆による寺号の額を掲げている。
写真のみの投稿です。
ライトのスイッチを押したら、お地蔵さんが照らされ拝むことが出来ました。庭はかなり造園それていて、たくさんの駐車場になってました。色々制作する人がお寺の関係者にいるのかな?と思いました。
明治・大正の元老西園寺公望所縁の寺、西園寺家は藤原氏出身の公家である。本堂の額は西園寺公望の筆による。境内は何故か駐車場と化してしまっている。
大きなお寺ではありませんが、庭石や石像等が配置されており、見ていて楽しめます。
寺町通り沿いにあるお寺の一つです。西園寺公望が寺号を書いた額が掲げられています。
西園寺公望の書いた額がありました。
西園寺家由来の寺院ですよ☺️ It's a temple derived from the Saionji family ☺️
| 名前 |
西園寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-231-1952 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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写真の撮影日時は2026.05.11(月)15:46~15:55。以下に西園寺の基本データを記す。参考として Wikipedia の西園寺など。すべて敬称略。最寄りであるが、恐らくバス停であれば、(京都市バスなど)“出雲路神楽町”かと思う。記憶が曖昧だが、京都市バス“出雲路橋”よりは出雲路神楽町のほうが近いような気がする。合掌西園寺…山号・寶樹山院号・竹林院宗派・浄土宗本尊・阿弥陀如来※木造で坐高 227.5 cm, 寄木造。鎌倉時代の作で曾ての北山堂(西園寺公経が建立した寺院内のお堂)の本尊だった。開基・西園寺公経※西園寺公経は鎌倉時代の公家。琵琶を皇族や公家などに教える家柄の人。〈略縁起〉創建年は元仁元(1224)、西園寺公経が、北山の山荘(現在の鹿苑寺のあたり)に真言寺院として創建したことに始まる。室町時代に室町(現・京都市上京区竹園町付近)に移り、元、西園寺があった北山の地には室町幕府第 3 代足利義満が北山第(現在の鹿苑寺)を造営した。天文23(1554)、縁誉が中興し浄土宗に改められた。天正18(1590)庚寅歳、現在地に移転し今に至る。※ほかに辨財天堂、開山堂などがある。〈合掌〉