明眼地蔵と御朱印、眼病祈願の聖地。
聞名寺の特徴
明眼地蔵尊がある静かなお寺で、眼病にご利益があります。
本堂でのお参りが可能で、正法寺の御朱印も取得できます。
観光地ではなく、ひっそりとした佇まいの中で信仰を感じられます。
写真の撮影日時は2025.12.02(火)17:20~。昨日は本当にドラマチックな道行きだった。京都市営地下鉄蹴上駅2番出口より出て京都市水道局、ウエスティン都ホテルなどの写真を撮って、南禅寺橋に至りそばにある大日如来・地蔵菩薩群のお堂、南禅寺の道標などの写真を撮り、(中略)今度は平安神宮方面に歩みを進めた。平安神宮前ではバザーというのかそういうのをやっていて、わたしもブラブラした。平安神宮前をななめに進んでロームシアター京都、冷泉橋、黄色い嘴クチバシの鷺の写真などを撮って東山二条に至り日蓮聖人立像(妙傳寺)から今度は東山へ向けて歩いていると、聞名寺というお寺があり、こちらも門があいている。大きな赤い提灯には地蔵尊の文字が見えて、思わず中に入った。帰宅してひと休みしてからこちらのお寺の略伝(由緒書)と御札を開ける。こちらは元は室町通大炊御門の北にあって第54代仁明天皇の第3皇子時康親王の御殿であった。親王のころに眼を患われ、医薬の功なく、この上は神仏の冥加を頼むべしと加茂の明神に籠り一七日参籠すると時康親王の夢に翁が現れ、地蔵菩薩を刻して祀れば眼病平癒叶うべしとのお告げがあって慈覚大師(圓珍)に依りて勅して地蔵菩薩を刻せしめたという。これがこちらのお寺のお地蔵さまでその名を明眼アケメ地蔵と称する。時康親王のちに第58代光孝天皇となり崩御に当たって第59代宇多天皇に、この小松の御殿を精舎となして明眼地蔵を本尊とせよと遺命したのがこちらのお地蔵さまであるという。その後鎌倉時代、時宗の祖・一遍上人洛中遊行の砌ミギリ、こちらを時宗として中興し寺号を小松院聞名寺となしたという。(聞名寺略伝より)わたしは珍しく自分のために御札を購入した。その写真も同時掲載する。寺内に七重石塔などもあったが、これは明るいときにまた訪れようと写真は撮らなかった。最寄りは京都市バス“東山仁王門”“東山二条”停留所よりすぐ、または京都市営地下鉄東山駅より約10分ほど。合掌。
明眼地蔵で有名なお寺です。
時宗巡りで訪れました。境内の十三重石塔の後ろには、お地蔵さんを背景に老梅が咲いていて、小雪がちらつく中、お参り。3番の正法寺も拝受し、"眼病地蔵"のご利益も得て、感謝申し上げるのでありました~
日蓮宗寺院。 本山塔頭寺院。小さな寺院です。 参拝時、お留守でした。
静かな佇まいのお寺で、境内入り口には明眼地蔵尊があり御朱印をいただきました 正法寺の御朱印もいただけます。
御朱印をいただき、本堂の中でお参りできました。
。江戸時代後期の宝永大火後にこの辺りに移転してきたお寺の一つです。鎌倉時代の仏師行快作の阿弥陀尿雷蔵が本尊です。境内には眼病にご利益のあるお地蔵さんが祀られています。
明眼地蔵という眼病にご利益ある地蔵尊が目玉。ただしそのお地蔵は普段は見れない模様。京都のお寺としては特筆すべきものは無いが、色とりどりの提灯は京都らしさがある。
令和元年7月6日参拝地蔵殿横の箱から御朱印(書置き)を拝受しました。
| 名前 |
聞名寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
075-771-8703 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
〒606-8352 京都府京都市左京区東大路仁王門上る北門前町北門前町487 485 |
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2025年 8月16日 京都真夏の旅☀️聞名寺 時宗道場巡り光孝天皇(こうこうてんのう)(第58代天皇、皇子時代は時康親王)がまだ皇子であった頃、深刻な眼病を患われました。様々な医薬の効験がなく、神仏の加護に頼るしかないと、賀茂明神に17日間籠って平癒を祈願されました。満願の夜、夢の中に老翁が現れ、「地蔵菩薩像を刻んで守護仏とし、信仰すれば眼病は平癒する」とのお告げがありました。親王は直ちに慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)に依頼して地蔵菩薩像を刻ませ、日夜祈願したところ、たちまち眼病が治癒したと伝えられています。その後、親王は即位して光孝天皇となられ、皇子時代の御殿である「小松殿(こまつどの)」を、ご自身の遺志により天台宗の小松寺とされました。