スリル満点!
長岩城跡の特徴
長岩城は本丸と石積櫓が見どころの中世の山城です。
雨の日は山道がぬかるむが経路標識が助けになることがあります。
梯子を使って到達する石積櫓は圧倒的な景観を楽しめます。
2020年5月に訪れましたが何故か写真が少ししか残っていません(ToT)ココは少し危険が伴いますので要注意の険しい山城ですね。石垣好きな方は是非、訪れて下さい!
日本国内の最高峰の危険な山城跡である。特に完全保存状態の登り石垣は、彦根城、米山城、高取城、洲本城の登り石垣をゆうに超える保存状態であり、長さも日本一である。また、砲眼石垣、弓型石垣等は断崖絶壁尾根を伝って行かないと辿り着けないが、唯一無二の存在なので、石垣マニアには是非挑戦して欲しい。日本でここだけである。
以前から行きたいところだったので良い機会でした。宇都宮氏の歴史には興味があり、ガイドさんのお話も聞けてますます好きになりました。次は添田の城井城をたすねてみたいと思います。雨上がりは滑りやすいので足元に気を付けてください。
駐車場にトイレ、無料パンフレット(1人1枚と書かれてる) が登城口に置いてあった👌弓形砲座 も 東側の林道から車で登り口まで行けて 止める場所もあったパンフに書かれてる遺構を全部見ようと歩き回ったら 6時間半掛かった地形図アプリを見ながらだったけど 案内標識 もたくさんあって迷うことは ほとんど無かったスリル満点で十分すぎるほど楽しめました👍️
長岩城は約400年間豊前国の国人野中氏の居城でしたが、黒田長政に攻められ落城し廃城となりました。長岩城は日本百名城や続百名城どころか国の史跡でもありません。一般的に知名度は低いですが、一部の山城ファンには非常に有名な城です。念願かなってようやく登城することができました。感想としてはなんなんだこの城は!というものです。他のどの山城とも似ていません。まさにオンリーワンの山城です。石塁などの遺構がそこら中にゴロゴロ転がっています。間違いなく数多登った山城の中で最高峰の山城でした。飛行機の都合で猛烈な勢いで1時間50分で主要遺構をまわり、移動して弓形砲座を見て占めて2時間40分でした。ゆっくり見るには4時間は必要だと思います。登山道は最高にハードです。道らしい道がなく登山道ですらありません。しかも最初から最後まで登ってるか降ってるかでほぼ平地はありません。傾斜もキツく特に降りでは数回転倒しました。全然整備されていません。全く観光地化されていません。それでも最高に楽しいです。アドベンチャー感、制覇感、満足感は満載です。悪天候時はムリです。スニーカーではムリです。体調不良時もやめてください。トレッキングポールは絶対あった方が良いです。初心者も避けた方が良いです。ここの目玉である石積櫓や弓形砲座は生命の危険があるので高所が苦手な方は避けてください。高所が苦手な方でも東之台から本丸にかけての登り石垣(石塁)を見るだけでも間違いなく圧倒されますし満足できます。城(特に山城)が好きな方は必ず一度は足を運んでください。絶対に満足できます。
長岩城は本丸方面と石積櫓方面の2箇所が見どころ。せっかくなので両方行きましょう。こちらは本丸(扇山山頂)方面です。見どころは、まるで「万里の長城」のように山頂の急峻な本丸につながる石塁です。あまり日本で見ない城郭の石垣(石塁)です。見る価値はあると思いますよ。本格的な登山になりますので靴、飲み物などしっかりとした装備で訪れてみてください。
長岩城は本丸方面と石積櫓方面の2箇所が見どころ。せっかくなので両方行きましょう。こちらは本丸(扇山山頂)方面です。見どころは、まるで「万里の長城」のように山頂の急峻な本丸につながる石塁です。あまり日本で見ない城郭の石垣(石塁)です。見る価値はあると思いますよ。本格的な登山になりますので靴、飲み物などしっかりとした装備で訪れてみてください。
先日の雨で山道がぬかるみ行き先を本丸までとしましたが、途中途中に経路標識があり助かりました。もし無ければ登城は難しかったと思います。長岩城址保存会の方々に感謝したいです。石塁、石垣類にはただただ感動するばかりでした。本丸まで650mですが、途中に沢を2回渡る場所があります。また、苔が生えた滑りやすい登城経路なので装備はそれなりに必要と思います。
川を挟んで北側の集落に3台ほどの駐車場があり、駐車場横をとおり城跡へ向かいます。小川の谷間を挟み、本丸方面は西側の山塊、石積櫓は東側になります。鳥獣柵の左手を降りると一の城戸に出ます。小川沿いに谷間を登って行き、館跡と思われる石積み、二の城戸、三の城戸に進みます。三の城戸すぎに分岐があり、本丸へは登り石垣となっている三の城戸と平行するように西側に登ります。分岐を右手に行くと東ノ台に着きます。周囲を石積みで平地が確保されています。ここから本丸まで登り石垣が築かれています。本丸は周囲を石積みで囲われており、虎口が3つ、西側に石塁があります。西ノ台方面に降ると、両脇が石積みの通路のようになっていました。西ノ台にも石塁があり、南側に連続堀切が有ります。西ノ台から東側へ降りると三の城戸方面に戻れます。
| 名前 |
長岩城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0979-54-3111 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
|
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長岩城(大分県中津市耶馬溪町大字川原口)鎌倉時代から戦国時代末期まで約390年間にわたり、地元の豪族である野仲氏が支配した強固な中世山城。独特な地形を活かし独特の石塁を多用、弓型砲座、銃眼のある石塁など独自の構造を持つ、大分県指定史跡(個人的には国指定レベル)。(歴史)建久9年(1198年)野仲重房築城。源頼朝が豊前国へ関東の武将・宇都宮信房を派遣し、弟の重房が野仲郷を領地として与えられ、姓を「野仲」と改めて扇山(標高530m)に長岩城を築いた。以後、野仲氏は22代、約390年間この地を支配。豊臣秀吉の九州平定後、豊前6郡の領主として黒田官兵衛・長政親子が入国。天正16年(1588年)城主・野仲鎮兼は長岩城で抵抗したが、黒田長政軍に攻められ落城。野仲氏は滅亡し、長岩城も廃城。(縄張り、遺構)中央の谷を挟んで東西の城郭エリアに二分される。• 西側城郭(主郭):標高530m・比高約230mの急峻な円錐形をした扇山の山頂に本丸を配置。南側の支峰に西之台(西出城)、東側の中腹に東之台を配し、主郭を取り囲む。• 東側城郭:山麓から続く谷沿いの平場に畝状竪堀群で防御した陣屋跡や馬場があり、平時の生活・政務スペースと思われる。陣屋のさらに東側の峰に弓型砲座、銃眼のある石積櫓。• 西、東側城郭の中央谷沿いの防衛:大手にあたる谷川沿いには、下流から上流に向けて一之城戸、二之城戸、三之城戸の関門(城戸)。本丸の東・北・西の3面を取り囲む石塁、斜面を這うように築かれた、平らに割れやすい扁平な石材を積み重ねた石塁などが、城内の20余か所・計700m以上に設置していまも確認できる。川を挟んた北側の無料駐車場から、だいぶ前に訪城。登り口から谷沿いに石塁のある木戸を通過し西側城郭本丸など、東側城郭の銃眼のある石積櫓(梯子、断崖など注意)など。遺構各地に案内標識充実してて十分以上に楽しめました。山城好き、好きでなくても訪れたい城(ただ場所により危険な箇所もあり)。駐車場から出発~戻りで約120分でした。