平安時代の清盛堤、歴史を感じる!
清盛堤ゆかりの碑の特徴
江戸時代に築堤された堤防が残る貴重な史跡です。
平安時代からの水害の歴史を感じられる場所です。
宮川水系に位置し、水害の多い地形が特徴です。
今でも堤防が残っています。四車線道路の中央分離帯です。その上に石碑があります。伊勢山口駅の南口すぐにあります。
今も宮川には江戸時代に築堤された堤防が残っていますが、平安時代から水害には悩まされていたのですね。この様な記念碑は歴史を知るうえでもとても興味深いです。
伊勢國度会郡山田(伊勢市内)のこの地は宮川水系で水害が多い地であった。古より水害で苦しんでいたことは間違いない。平安時代の治承年間(1177年から1181年までの期間)に清盛が命じて堅牢な堤を宮川に建設したと言い伝えられてきます。後に宮川に大堤防が出来たことで水害も起こらなくなり、次第に壊され畑となっていったため、現在はその姿を見ることは出来ない。大間国生神社の後方に清盛幕張の松が大正末期まで残っていたといわれており、その跡に建てられた遺跡碑が現在ここへ移されている。
| 名前 |
清盛堤ゆかりの碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
清盛堤というのは平安時代末期に平清盛が築いた宮川の堤防のこと。平清盛の一族は伊勢平氏と言って、津の「忠盛塚」のあたりが本拠地でしたから、農地開拓のために築いたのでしょう。ちなみに平清盛と言うと「伊勢神宮」より「厳島神社」のイメージが強い人物。厳島神社を保護する一方、伊勢神宮に兵糧を供出させたり、清盛楠の横暴からも伊勢神宮を大事にしていた印象がなかったりします。