故人もよろこぶ、丁寧な対応。
小さなお葬式 大津御殿浜ホールの特徴
要望に応じた対応が印象的で、感謝の声が多数寄せられています。
スタッフの親切で安心感のあるサポートが、多くの方に評価されています。
丁寧なサービスが故人を喜ばせ、心温まるお見送りが実現されています。
とても親切で丁寧な対応をしていただきました。
非常に丁寧にご対応いただき、故人もよろこんでいることと思います。本当にありがとうございました。
スタッフさんが凄く親切にして下さり安心して送る事が出来ました。
こちらの要望にお応えしていただき感謝しております。難しい予算の中、親身になってくださいました。
写真の撮影日時は2025.10.10(金)08:15。きれいに掃除されている。敢えて“小さな”と表現しているのがいい。近親者を送るということは送葬者と被送葬者との関係が今までとはがらりと変わることを示す。例えば“老々介護”とか、介護する側がうまく“他人様”に頼れない環境にあって悲劇が起きたりするのは、少子高齢化や経済的なことの影響だが、兎に角送葬の前に相当に労力を使う訳なので(介護、葬儀の手続きなど)、あと最も大きいのは喪失感だと思う。だから、“小さな”お葬式で十分だとわたしは思う。小さくても“心尽(づ)くし”ならば、なぜ被送葬者が祟タタることがあるだろうか。斯く言うわたしも還暦を前にして近親者はすべて亡くなり子供もいないので、最近終活を始めつつある。最近色々なことを調べる機会があり、かなり感動したのは、親鸞聖人の遺言である。彼は、自分が亡くなったら遺骸を鴨川に流して魚の餌にしてほしい、と言ったそうであるが、数多くの弟子たちには受け入れられなかったらしく、京都市内に本廟や祖廟、火葬地などが存在する。しかし、現在京都駅の前に東本願寺、すこし西には西本願寺があり、浄土真宗の日本国内に於ける信者数は現在でも最多だと思う。ただ親鸞聖人にせよ一切無駄な物事を捨て去って遊行念仏で全国を廻った空也聖も一遍上人も、新たに宗派を立てて布教しようとは思っていなかったのではないだろうか。そんなことを言うならば、西行法師も円空も一緒だったと思う。あの、“只管打坐”で著名な道元禅師も晩年、死期が近づくと『法華経』に傾倒して、自らの“終の住み処”に妙法蓮華経庵と名づけて静かに息を引き取ったという。これらの情報は各宗派の総本山のウェブサイトなどにはあまり掲載されないが、わたしがよくWikipedia から情報を引用するのは割と公正に事績を伝えているからである。しかも携帯電話があればそれらの情報を得ることが出来、難しい専門書を買わなくてもよい。確かに専門書や御経本が必要な場合もあるが、追えば相手は逃げるが如く、机上であれこれ考えるにも限界がある。経典もよくサンスクリット原典と漢訳の違いなどと言ってどれが真実かと追究するのも限界がある。というのも、釈迦在世当時は製紙や印刷技術が生まれる前で、お釈迦様が亡くなる前に弟子目蓮尊者に残した言葉は“法灯明・自灯明”である。つまり、釈尊は法(仏法)を拠り所とし、自分自身が修行を良くして自分を拠り所とせよ、と言い残したのであり、滅後に寺を建てよ、とか、自分(ここでは釈迦自身)を拝め、などとは言っていない。ただ弟子や檀那(いわゆる王などの信者、支援者)、数多くの一般的な信者たちがその死を悼み教えを残そうと当時では珍しかった火葬を行って遺骨を分配して祀った。遺骨は“舎利”とよばれ、寿司飯をシャリというのは分配するため砕いた骨が米粒に似ているからである。そして、釈迦滅後、言行録のようなものは一番最初は多羅の木の葉に書かれたという。お釈迦様が亡くなったのは紀元前544(異説あり)というから、納得がゆく。御経の経という字は糸偏だが、これはお釈迦様の教えを紙に書いて糸で綴じたからである。この頃にはサンスクリット原典は陸路や一部は海路で東アジアに伝わった。だから御経という言葉もサンスクリット語から漢訳されて以降の話である。合掌。
恙無く執り行っていただき感謝しております。
| 名前 |
小さなお葬式 大津御殿浜ホール |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0120-261-057 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.osohshiki.jp/area/shiga/otsu-shi/sougijou/29277/ |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
丁寧にしていただいて、とても安心しました。ありがとうございます。