歴史を感じる大雄山の橋。
大雄橋の特徴
古くからの歴史を持つ大雄橋は、室町時代からの人道が通っている。
東方の人々が最乗寺に詣でるために利用した道として重要である。
大雄山へのアクセスを担う、この橋は風情ある景観を楽しめる。
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駅から大雄山への橋です。眺めがいい感じです。
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| 名前 |
大雄橋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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その歴史は古く、室町の中頃にはすでにこの橋の原型の人道を通って東方の人々が多く禅宗名刹最乗寺に詣でていた。時代は下り大正10年、大雄山鉄道(現在の伊豆箱根鉄道大雄山線)は鉄道免許下附の際、終着の大雄山駅が今の場所とは異なる計画だった。小田原から来た鉄道は塚原駅を出ると狩川を渡らずに、そのまま右岸を日向→生駒→中沼→狩野と辿って最後は飯沢の、古街道とぶつかるあたりにこの大雄山駅を設ける予定だったという。当時の名家利権争い諸々ののち、大正14年の開業時には今の位置、旧関本宿の端に駅は置かれた。もし当初の計画通り飯沢に鉄道駅が来ていたら、南足柄の町は今と少し趣きが変わっていたことだろう。大雄橋は、古くから個性の異なる東西の地域に挟まれたなかなか物語性に富んだ橋といえる。現代、この界隈は今や人の欲の抜けた好もしい田舎町だ。西相模の、諸々いきさつを識り尽くした無欲性を象徴する地域のひとつである。人が暮らして等しく安らぐのはきっとそれが所以であろう。この土地の人々は皆、そんなことを代々よく承知している。大雄橋は古来700年、永い民間伝承の中に今も閑かに、ある。